2013年2月26日火曜日

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ひみつの組織の襲来でわたしはプールにまっさかさまで、カナヅチじゃないからいいでしょうというあの子のセリフにいやいやそう言う問題じゃなくわたし制服だし胸ポケットには携帯がなんて突っ込むまもなくプールにドボン、携帯電話は一月前にトイレに流してしまって買い換えたばかりの新品で制服だって新調したて、いくらひみつの組織でも時と場合を選んで欲しい。

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すごくねむたい。
びっくりするほどおうちにかえりたくなってしまって、だけど帰れないから板チョコバリバリかじって食べた。チョコレートのお菓子、例えばチョコパイとか抹茶味のチョコとかドライフルーツが入っていたり、そういうのであれば「お菓子」って感じがするけど、ただの板チョコをかじっていると「摂取」って感じがする。
板チョコはいくら食べても太らないと思ってる、チョコ菓子は太る、ポテトチップはもちろん太る。
板チョコの切実さがわたし好き、遊びの無さが好き。でもココアも好き、あまいものならたいてい好きです。

農作業をする上ではやる気よりも天候が重要だったりする。それはもう頑張りや根性じゃあ何ともしがたい要因で、わたしはわたしの仕事において、天候に準ずるものが自分の精神状態だと思ってて、つまり今日はわたし、チョコレート齧って過ごす。

2013年2月24日日曜日

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7本1500円の色鉛筆と4本400円のそれ、どちらかが普通の色鉛筆でどちらかが水彩色鉛筆。わたしがほしいのは水彩で、それはおそらく高いほうなのだけど、「そんなのどっちだって同じだよ」と誰かに言い張られわたしは水彩色鉛筆を手に入れることができない。



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誰かの一言で死んでしまうこともあるし、誰かの一言で生き返ることもある。そのたび自分の単純さに驚くけれどそうなのだから仕方ない。

久しぶりに気持ちだけあせっている。今唐突にノートパソコンがほしくなって、衝動買いしてしまいそう。2万円台のパソコンがあって、比喩でも大げさでもなく今本当に購入ボタンを押しそうになっているのだけれど、いやいや外出先でやることほかにあるでしょう、本を読んだりとか、って自分と何とかしてなだめてる。そもそも文章はわたし、ひとりきりでなければ書けない。


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お風呂はいった。


自分の部屋の混沌さがいよいよ極まってきてピンチ。
いまだに4年前の夢を見る。

わたしが一番好きなわたしを肯定してくれるひとはごくわずかで、その真実に安心する。ごくわずか、「いる」ということ。
わたしのこと一番好きじゃなくても、顔も名前も知らなくても、だれかに肯定されるたびすごく心強くなる。何気なく発される「良い」や「気持ち悪い」や「好き」で人生救われることがあって、これは大げさだろうなあと思うので言わないけれど事実そうで、だからわたしはいまから、きちんと髪の毛を乾かして下着をつけ服を着て、スーパーにお買い物にまいります。

20130224-01

バスはどんどん進み、見覚えのある駅前ロータリーに出た。見覚えがすごくあるのだけれど、ここがどこだか思い出せない、山形か富山の気がするけれどどこだろう、行ったことのあるお店がいくつか見えるし、わたしことあるごとにこの風景を夢にも見ている。
どこかなあって思っていたら通りと通りの間に雷門が見えて、あっ浅草かってわかった。
バスは満席だったのだけれど隣に座ったおばさんグループがわたしたちを肘で押してきて本当に不快で、だからわたしと妹は、停車するなり一目散にバスを後にする。

雷門をくぐるとそこは水族館になっていて、空気を入れて膨らませたボートのようなものでプールに漕ぎ出し、イルカを近くで見て触ることができる。わたしと妹はそれに乗り込む。
観光客が一気に押し寄せたからプールは一面ボートだらけで、イルカに触るどころか前に進むことすらできなくて難儀、そうこうしているうちに男の子が2人乗ったボートと接触してボートに水が入ってしまった。
慌てて水を掻き出しながらなんとかプールサイドまで移動、完全沈没は免れたのだけど結局イルカに触るどころか姿を見ることすらできなくて、わたしと妹はもう完全に不機嫌。

水族館の出口の横に小さなかまくらのような部屋があって、そこをのぞいてみると17段くらいの立派なお雛様があり、やることもないのでわたしたちはそれをぼおっと眺めた。
実家のお雛様は7段で、わたしはその大きさをわずかに誇りに思っていたのだけれど、ああやっぱり水族館の中のかまくらで飾られるようなお雛様は大きさもケタ違いだなあ、でもなんとなくお雛様の人形がわら人形っぽくて不思議だなって思いつつ同じように雛人形を見つめる人たちに視線をうつす、人間はわたしと妹だけでほかはみんな猫だった。
漫画じゃないんだから猫が二本足で立って雛人形を観察しているわけはなく、猫たちはそれぞれ思い思いの場所にデロンとだらしなく寝転んで、雛人形を見たり毛づくろいをしたりと忙しそうだった。
猫たちの鑑賞ペースに合わせると永遠にこのかまくらから出られないような気がしたので、わたしは妹を促して部屋を退出、バスのトランクにつめっぱなしだったボストンバッグを取りに急いだ。
意地悪なおばさんたちはまだバスの傍らで誰かの悪口に忙しい。わたしたちはできるだけそれを見ないよう、急いで母と祖母のもとへ。もう死んだはずの祖母はきちんと自分の両足で立っている。

2013年2月19日火曜日

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ヴォリュームについて考える。ヴォリューム。質量、積み重ね、わたしの吐露の積み重ね。
柔らかな雪が音も立てずに降り積もり、気付けば窓すら塞いでしまうような、そういう静かな重み。
きっとそういうものに何重にもくるまれて、わたしは生きている。
繭みたいに。


2013年2月18日月曜日

20130218-01

毎日毎日飽きもせず本ばかり読んでいたらふいに投げかけられた疑問文でこめかみ撃たれてわたしは死んだ。決定的な違いを無邪気に指摘されて傷付くのはわたしがそこに分不相応の劣等感を抱いているから、相手に感じる僅かな蔑視は自分の内なる意識のせいで、つまりは全てそういうことだ。


目にうつるものはすべて自分の心情なのだなあとしみじみ思う。あの子の笑顔がかわいく見えるのはわたしがしあわせなせい、あの子の笑顔がおそろしく見えるのはわたしが不幸な気分でいるためで、あの子の笑顔に裏があるのはわたしの心に秘密があるから。


とおい未来のことを考えると、みんな骨になって死んでしまうのだし、人類の素晴らしい功績だってたとえば絶滅してしまった恐竜にはあんまり関係がなくて、つまりはすべて諸行無常で、だから未来のことや生きている意味、そんなものを考えるということ自体がおろかだな、と思う。誰かの成し遂げた偉業に対してきみが劣等感を覚えるのはなんでだろうね、ぼくから見たらきみだって十分、恵まれているしうつくしい。ぼくはきみがきみ自身のことを、ダメだと卑下して苦しむことが、理解できないから同情できない。
すべての価値は心の問題で、つまりは生産性や費用対効果や経済的アドバンテージ、人類の明るい未来に寄与するような目に見える結果が出なくとも、わたしはきみの体温を、かけがえのないものとして評価する。

2013年2月17日日曜日

20130217-02

わたしの恋愛は普遍化され万物の中に潜り込む、そう理解すればあらゆるものとの相似を偶然あるいは当然の必然と考えられるから運命なんて思わなくてすむ。
あらゆるものとわたしとの相似は運命じゃなくて当然で、そこにロマンチックな何かを期待するのは酷く滑稽なことである。具体性を抽象化しさらに極端を抽出、本質は細部にこそ宿るという本当を無視したその行為でわたしはあらゆるものに奇跡を見出す。
一縷の希望的観測は当然の帰結であるのに結果だけ見るとそれはケチの付けようのない奇跡でその輝きは本物に劣らない、見つめ続けるとイミテーションから本物になるそれを飽きることなく見つめてしまうとわたしはきっと色々過剰、だから慌てて目を逸らす。

詐欺師みたいだな、と思う。詐欺師あるいは占い師か予言者。あらゆるものに当てはまるような抽象的な言葉を吐いて無理矢理現実という型に嵌めほら見たことかと優越感、それは詐欺行為でなくてなんなのか。

全ての事象は運命論で綺麗に結ばれ星座のように名前が付けられその時点でそれはほんものになるのだ。



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過剰でも卑屈にもならない正しい結論をわたしは既に知っていて、そのつまらなさと希望のなさに絶望するからいっそのことゼロだと思いたい。『わたしはきみに影響しますかしませんか』、「当然ある程度、する」に納得行かなくてそれなら全く他人が良かった。

あらゆるものの干渉を等しく受けて歪む僕らの前ではあらゆるものが等しい、その大小は問題にならない程度の差であってその問題にならなさにわたしはきっと絶望してる。


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正しく自分を評価する、特別では決してなくど真ん中の平凡でもなく、多数派ではないがただ少数ではない。正しい評価や目はいつだってわたしを苦しめて、でも認めなければやっていけない。
わたしは自分のわずかな牙と爪を丹念に研ぎ隠し、半径数メートルに及ぼす影響をコントロールする。

『わたしは誰にも致命傷を負わせることは出来ないけれど不快な思いをさせることはできる』

つまりは一瞬の影響力しかなくてでも彼に対する僅かな塵も払い除けたいわたしは指先にまで慎重を求める、1秒は1秒でしかないけどわたしは1秒だって、彼に不快さを味あわせたくない。
わたしのできることといったらその程度のことで、それは決して愚かではないが読み上げられない程度の矜持だ。

20120217-01

ゾンビの子供は卵大で、いやむしろまさに卵だった。ころんとした真っ白でザラザラした球体には二つの大きな目が、まっくろくろすけやスライムみたいな可愛らしい目がついていて、それは愛らしいを2周くらい通り越して薄気味が悪い。彼らは5体真横に並び前線を狭めるように攻めてくる、わたしはフライ返しでそれを上からぽこんと叩く。叩かれたそれらは卵のようには割れないし血だって出ないのだけれど代わりに瞬時に真っ赤になって、しかし歩みは止まらない。第一形態が白で第二が赤、変形はせず色だけ変わったけどじゃあ第三はどうかというと空恐ろしいものに変質しそうでわたしはそれらを叩けない。


セーブをするには特定のポイントを通過する必要がある、この世界はゾンビの世界だから町や村ですら安心してくつろげるところではないしつまりは24時間気が休まらない。本当ならばセーブポイントかつ回復の拠点である町や村までもが敵に侵されているなんてRPGとしての難易度が高すぎる、エンカウントに次ぐエンカウントでわたしの画面は真っ赤になった。実家から送られてきたプレイステーションはラジカセみたいな形でクリーム色、これどこが壊れているの?と母に電話で聞くと「ビデオが取り出せなくなったの」と言う。まずCDの収納部分を見てみるとCDが重ねて2枚入っていて、一つは何かのゲーム、もう一はメタリカのCDで、わたしはメタリカのほうを取り出す。肝心のビデオ部分のイジェクトボタンを押してみるとビデオの頭が2mmほど飛び出てきたのでわたしはそれを爪を使って慎重に引き抜く、確かに2mmという長さはビデオを引き抜くとっかかりとしては短過ぎる、でも引き抜けないこともないのでこれは故障ではなく仕様だと結論付け母にそう伝えたが電話越しに聞く溜め息で彼女がそれに納得いっていないことが手に取るようにわかる。受話器越しの溜め息は質量を持ってこちらに漏れ伝わりわたしの右手を重くする、でもそんなこと言ったってさ人は、近代的便利さや洗練されたスタイリッシュさの為にある程度の犠牲は誰しも払っているんだよとわたしは心の中でだけ言う。便利な機械は手間を省くためにありそれを使用するには操作が必要、ワンタッチのそれだってワンタッチが必要でそれさえ疎むくらいなら思い描いただけで実行されなければならないがつまり心を読まれるということでわたしはそれは気持ちが悪い。

家電量販店は賑やかで、一時期増えたボタンが少なくつるんとしたデザインのシンプルな家電は昔のものになっており指先で慎重に選ばなければ複数個押してしまいそうな小さなボタンがどの機械の前面にも所狭しと並んでおり店員はそのボタンの多さとそれに比例した機能の多さをアピールしてきてわたしは苦笑いしかできない。

2013年2月14日木曜日

20130214-01

春になると柔らかくなるのはチョコレートも猫も人間も同じ、つまりわたしも御多分に洩れずそろそろとろとろ柔らかくなる。やわらかくてフワフワしたものをわたしは確かに好きだけれども、自分がそうなることはあまり好きではない。炊き損ねたごはんみたいにまわりがベチャっとしているのに不快な芯が残った感じ、あの感じが一番好きだ。くにゃりと溶けだすわたしの芯は頼りないけど抗えない、重力に抗えない。

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「アンダーグラウンドと地下鉄」のC3出口がどこに繋がっていたのか今では全く思い出せない。高いものではなく、珍しいウイスキーばかり好んで飲んだ田中さんは技術職の人間で、仕事の話はさっぱり分からなかったけれど、仕事と奥さんが大好きだということが言葉の端々からにじみ出ていた。必ず部下か友達を連れてくる安田さんは、いつもよっぱらうとその部下や友達との出会いを熱く語った。わたしが好感を覚えたおじさんたちはみんなそれぞれに仕事と家族を愛していて、女の子に会いにくるのではなくお酒を飲んで話をしに来ている人ばかりで、そういう人は大抵郊外に住んでいた。一日をリセットするのだろうなあと思いながら、わたしは口を挟まず無言で相槌だけを打った。

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春について考えている、わたしにとって憂鬱な季節が今年もひたひたやってくる、とても怖い。
桜の木の下には死体が埋まっていて、わたしは上履きでそれを踏みしめる。
今年の春は怖くないとよいな、と思う。多分きっと、怖くない。

2013年2月10日日曜日

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手のひらに乗るくらいの小さな箱、100均で売ってそうなそれに入っていたのはたくさんの名刺と、数十個の2×1×10センチくらいの透明なプラスチックに入った写真。
そんな箱が4つ、バーカウンターやわたしが今左手を置いているサイドテーブル、ソファーの前のローテーブルにぽつりぽつりと置いてある。
ソファーにどかりと腰を沈め偉そうに座る女の子に「これ、何?」と訊くと彼女はつまらなそうに「ああ、あれだよ、わたしのセフレ、1軍から4軍まで」と答えた。胸まで伸ばした髪の毛はきれいに巻かれた栗色で、前髪を斜めに流した彼女は大人びて見えるけど19だ。
わたしは「ああ、あの、例の」と独り合点して、1軍の入った箱を探す。

「ねえそれはさ、寂しいとき誰でも良いからセックスしたいの、それともみんな好きなの?」と純粋に質問すると彼女は呆れた顔でわたしを見返した。その顔には『そんなこともわからないの?』って書いてあったから、わたしは『19のくせに、』と思う。
「みんな好きとかじゃないし寂しくもないよ、4軍の子なんてどうでもいいよ」と彼女が言うからわたしは4軍の名刺を束ねて一気に破り捨てる。
小さな紙は束ねると破りづらく、まるで「どうでもいい4軍」達に抵抗されているような気持ちになる。

「わたし、あなたにどうでもいいような人とセックスしてほしくないな」と言いながら、わたしは1軍の箱を探す。4軍にはそれなりに社会的地位が高そうな人たちがたくさんいて、そうしてわたしは彼女がセフレと呼ぶ男の子達が彼女のことを本当に好きなことを知っていて、じゃあ果たして彼女の1軍には、一体どんな人たちがいるのだろうと興味を覚える。
1軍の箱がどうしても見つからず、名刺と、変な写真プレートの入った箱を見つける、「あっそれ2軍だよ」と彼女が嬉しそうに言う。
この写真は?と訊くと、「それ、中学の頃の好きだったXX君」と嬉しそうに答える。
体育祭や修学旅行や終業式のクラスの集合写真から、黒髪でおさげの眼鏡をかけた彼女をわたしは見つける。4月の写真の彼女のスカートはバカみたいに長かったのに、3月の彼女はミニにしている。

2013年2月4日月曜日

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笑ってるし、ごめんねって思ってるし、いいよって思ってるし、今バンホーテンのココア飲んでるし、今月献本2冊も当たった。
買った本と借りた本とこれから借りる本と貰った本、しばらくこれでやっていけそう。今日は図書館に本3冊返して、また2冊予約本を借りる。
人が理不尽な目にあう小説が最近すごくダメになっていたのだけど、今読んでるのが1100人くらい死ぬ予定の本だから、いちいち感情移入しないことにする。荒療治みたいだ。


ねこにひっかかれたりえさぶちまけられてもかわいいからしかたないし、かわいいは正義だし、つまりはそういうことで、それなら苦笑しながらわたしその正義のもとに跪くよ。
買ったばかりのタイツのあなを出先で発見して、しみじみそう思う。
かわいいとすきにはかなわない。




だれかに言われたひとことで悩みの重力が1/10になる、ほんとうに、すごい。




おととい読んだ本がほんとうによかった。瀬尾まいこさんの、僕の明日を照らして。
引用するので、つづきをよむにします。

2013年2月1日金曜日

じぶんメモ:1がつ本まとめ

漫画ばっかりよんだ、全然活字読めなかった。
お正月、テレビ見なかった。
2月は読書スピード落として、小説読む。

2013年1月29日火曜日

20130129-02

わたしのことはわたししか救えないしわたしが動かさないとわたしの手も足も動かない。わたしの起伏のすべてはわたしに原因があってつまりはそういうこと、おなかが痛いせいで、昔やってしまったひどいことや言ってしまったひどい言葉ばかり思い出して電車が酷く辛かった。みんな死ねばいいのにって思ってしまう夜があるけどそんなの不可能だし悲しすぎるしなにより非効率的で、つまりは効率的な方法を考えて、ああ、って思ったりする。わたしはわたしをなんとかしないとまったくもってだめになる、いままで考えも想像もしなかった方向で、ほんとうにだめになる。
なんでわたしあのときあんなこと言ったのかな、言うべきではなかった。いまこうなるのが運命だったとしても、あんなこと言うべきじゃなかった。泣きそうな顔で笑ってくれたいろんな人の顔ばかり思い出す、ごめんねって思うけどそんなこと言う資格はなくて、もっと言えばごめんねなんて思う資格もない。



なにものもわたしを損なうことはできない、今わたしがそう感じているとするならば、それはわたし自信の責任だ。もし本当にそれに身を任せてそうなってしまってそんなことを望んでしまったならば、わたしはもう一生救われないし、本当にみじめになってしまう。



いま思い出して心強い、顔も名前もしらないひとのことを考える。
ぜんぜんだめだ、わたしぜんぜんだめだ。

20130129-01

わたしはきみを壊せない、
わたしはきみを損なえない、
きみはきっと多分、他者に損なわれることはない。


溢れるどろどろに対応するためにラベルを付ける、一気に陳腐に平凡化する。方向性はわかっているのにそっちのほうに頑張れない、嘘ついた今わたし、なんにも頑張れない。

よくわかるのはわたしが同類だからで、嫉ましいのは同類なのに同等じゃあないからだ。


529200秒の休息が必要、
おやすみなさい。

2013年1月28日月曜日

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駅までの道をバターになりながら歩く。路肩の雪はもうあらかた溶けてしまって注ぐ日差しはまるで春のよう、雀が植え込みから時折飛び出してくるのにびっくりする、わたしのパンプスがそのたび右側に傾く。近隣諸国、って口に出す、きんりんしょこくー。意味はないので一度で満足する、どこでもドアがあればいいのにな、と思う。

「忘れないで」にどうしても共感できなくて、「忘れない」にもどうしても共感できない。今日の予定を頭の中で組み立てる、放置できかつ放置したほうがよいものは先に、そうでないものは後に。何をするにも時間は足りないし腐るほどあって途方に暮れる。

わたしが自分で言った言葉に痛いほど共感する、適当なことを言うと特定の誰かが傷付く。嘘や妄想や感想しかという欺瞞はわたしが一番わかってる、それでも全部フィクションだ。

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ねえなんのためにさくらちゃんはしんだの、しんださくらちゃんがほんとうにしんだのにわたしはなんにもできていない、しんださくらちゃんに使われるはずだった酸素や労力ただただ腐らせて終わっている。頑張ろうとは思うけどどっちに頑張ったらいいかわからなくて、覚悟が決まらずぐじぐじしている。「こっちの方向に全速力で頑張ったらきみ正解だよ」って誰かにいわれたらわたしきっと、血反吐吐きながら全力尽くすって思うけど、でも多分その「だれか」が神様であっても、「えーそうかなあ」って言ってやっぱり納得できないのだと思う。


走り出したい方向には壁しかなくて、行くべき道には行きたくない。
穴を開けるか不本意でも道を走るか二つに一つ、さてどっちにがんばろう?

2013年1月25日金曜日

20121218-01

「明日隕石が落ちて、地球が滅亡するかもしれない」は、わたしのなかでの基本理念で、これはおおげさじゃなく結構な真実だと思う。優しかったおばあちゃんは妹が生まれる前に死に、幼稚園からの友達だったあの子は中学生であっさり死んだ。ずっと仲良しだよねって言ってた翔子ちゃんとは別々の高校に行って完全に縁が切れ、ずっと一緒にいようと言った昔の恋人は今年わたしじゃない女の子と結婚した。なにもわたしの周りが変わってしまったわけじゃなくて、「明日隕石が落ちて地球が滅亡する」のと同じレベルでわたしが変わってしまうこともある。この子の面倒一生見ようと思ってた男の子のことがうっとおしくなったり、大親友だった女の子と連絡とるのがめんどくさくなったり、一生続けようと思った仕事に嫌気がさしたり。「明日隕石が落ちて、地球が滅亡するかもしれない」が、自分以外の他者だけに当てはまることであればわたしこんなに疑っていない、それがほかならぬ自分自身に起こりうることだって、わかっているから怖いのだ。

20121114-02


あなたは無理しなくていいし頑張らなくていいんだよ、眠たかったら眠っていいし、学校だっていかなくていいよ。働かなくたっていいし甘いお菓子もたくさん食べていい。そのままのあなたでいいし、作らなくてもいいんだよ。だってわたしとあなたは他人だから。


って歌を作ろうと思ったのですがメロディがうまく作れませんでした。

20121114-01

走るのがめんどくさいから死にたいとか救われないにも程がある

20121019-01

君のこと盲目的に好きでいたいし、平等にあいされるのはいやだなあ。

2013年1月23日水曜日

20130123-01


ヘリコプターから見下ろすと30haの畑なんてとても小さい。上から見て右から順に大きい動物、一番左は兎。ライオンや虎よりも左側にトリケラトプスとプテラノドンがいるのが解せないけどそうなっているのだからそれでいいのだ。各畑は防風林で区切られていて、それは普通の防風林(2~3列)だから、そこ突破して肉食獣が左側へ突っ込み乱獲状態に陥らないのか心配するけどどうやら平気、そして一番左の兎の隣、そこに私たち人間の教室がある。
等間隔に並んだ机は一日の終わりに後ろに下げられ担当の生徒による清掃が始まる。最近赴任した若い音楽の女教師に思い切って話しかけてみる、「どうして動物たちは防風林を越えてこないのですか?」先生は慌てて上層部に質問、返ってきた答えは「兎は一人で森を超えられないのよ」だった。
曰く、私たちの教室と同じように兎も(机はないが)一体一体行動をしているから、防風林を一人で超えることが、性質として出来ないらしい。そもそも隣が透けて見えるような2列の防風林のどこが森だ、兎はそれでよしとしても凶暴な肉食獣たちはどうなるのか、疑問は更にわくばかりだけど先生があんまりにも嬉しそうな顔をしているので言い出せない。


そしてわたしはまた、犬に腕を噛まれる。

2013年1月22日火曜日

20130101-03




「自分の感情がすべて一般的にふさわしくない」

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築いた友情と結んだ赤い糸、積み上げた経験と人脈と思い出。そういうものが人間の本当の財産だと思うけど、そういうものこそが煩わしくて、全部めんどくさくて捨てたくなるときわたしは携帯電話を想像する。
携帯電話を赤いポストにするりと投函する。そんなことしたって困るばかりで、むしろ実際の人間関係なんて携帯の外でつながっているものの方が多いのに、どうしてもそれを想像してしまう。わたしの持ってる携帯電話は未だに二つ折りのものだから、それを逆パカして放り投げてお金だけ持って鈍行に乗って、そんなこと考えるけど実際は、電話がないと不便だし、明日会社だし飼い猫も家で待ってるし、だから想像するしかない。

携帯電話をポストに入れて、わたしはひとりで旅に出る。


いろんなことが煩わしいのは、それらがどうでもよくないからだ。どうでもいいことならばきっと全部簡単に切り捨てられる。すてられないしがらみがこんがらがって絡まるから、解くのに疲れてしまってもういいやって、全部放り投げてダッシュで逃走、どうしたってその誘惑強い。

わたしが今まで人生で失敗したことたくさんある、多分あそこでああしなければ自分を含めた誰もかも一人残らず傷つかなかった、それならきっとその行動がそれに対する正解だったのに。もしその正解を、当時若かったり混乱していたりなんらかの理由で導けなくて間違っていたならわたしはきっと、あのころに戻ってやり直したいって思っただろう。でもわたし当時からそれが正解だってわかっていたし、わかっていたけどどうしても不正解な行動ををしたかったわけだし、正解よりも人を傷つけないことよりも自分の感情を選んだわけだし、だったら多分今私が当時に戻れたからといって、今度は正解を選べるとは到底どうしても思えなくて(結果もそれに至る病も、わたしは当時から十二分に想像できていて、そして現実はその想像通りに進んだので、この結末を知った上でも多分わたしはどうしても無理なのだと思う)、だからわたしは自分が間違っていたとはあんまり思ったことがなくて、だってわたしなんだから、それ選んじゃっても仕方ないよね、って思う。

わたしのなかでは多分「しかたない」がすごく大きくて、それは諦念のようだけど、諦めじゃなくて認めているだけだ。


自分に関することや自分が主体で進んでいく物事に関しては多分正解があるのだろうけど、そうじゃない、ましてや自分の好きな人でもない、第三者がからんだ問題だと、わたしも正解はわからないかもしれない。
そこに対して正解を探したりはもちろんするんだけど、間違ってもあんまり悔やまないのは、わたしがそこのことを心底では、どうでもいいと思ってるかかもしれない。




20130112-01


贖罪のためにわたしは産まれ、贖罪のために生かされる。人の命は地球より重いなぞたいそうなことを言う気はないが、じゃあわたしはどうすればいいの。わたしをつくり産み育てそこにあなたたちが贖罪を見い出すの、否定はしないけどだったらわたしはなんのためにわたしの人生歩めばいいの。贖罪のために存在する子供、贖罪のために育てられる子供、贖罪のために愛される子供。あの人たちが愛しているのはわたしじゃなくてその向こう、わたしから透けて見える誰かでわたしは罪の象徴で、あの人たちは許しのためにわたしを愛して慈しむ。「そうじゃなくなる未来」、わたしがあの人たちに救いを与えて与えられる未来、そういうものが想像できないわけじゃないけどどうしても、この愛情の本質を、考えずにはいられない。ただのわたしという存在を生物を、バックグラウンドなしに愛してくれる存在はない。存在を望まれたわけではなくて、罪の象徴と許しのために、わたしはこの世に産み落とされた。大事にされたし優しくされた、適切な愛情を適切に注いでもらい、理想的な環境ですくすく育った。なのにこの空虚は何だ、言動や行動じゃなく現実に/生活に/日々に、じわじわ滲み出るこれが空虚で、多分それはあの人たちからじゃなく、わたしの存在そのものから、染み出し続けている空虚だ。

わたしは死ぬまで愛されない、わたしは死んでも愛されない。わたしはわたしじゃなく、わたしはあなたたちの贖罪だから。


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携帯じゃなくSNSで誕生日おめでとうのメッセージがきて、ああ、って思った。
これは無意識の選択で、そこにはぼくらの距離感が、端的に集約されている。

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泥棒に感謝をしたことはないし今でも捕まって死ねばいいのにと思うけど、無理矢理物質を奪われたことで、自分で捨てられないものたちを捨ててしまったことになるならば、結果よかったのかなって少しだけ考える。
わたしの記憶はすぐなくなるから、だから例えば18きっぷや空港までの電車内、そういうところも本当は、一人の思い出だけじゃないのに見事に一人の記憶しかなくて救われる。

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本筋と関係のないお話にばかり惹かれる。みんなさらっとながすそこに、だれかの人生がかかっている。


20130122-01

手を叩いた合図で一斉にそれらは牙をむく、小さな体躯からは想像がつかないほど鋭い犬歯(文字通り、犬歯)を威嚇するように見せつけ喉の奥から低い音を出す。動物(人間含む)に例えば腕を噛まれたら逃げるのではなく寧ろ敢えて腕を押しつけるように喉にめり込ませ、そうすると相手は苦しくて口を放すと聞いたことがあるのに全く効かずそれどころか押しつけられた肉や筋を噛み千切ろうとしてくるからたちが悪い。もうこうなったらと噛まれた右腕はそのままに、左手をそいつの口に横から突っ込み上顎と下顎を(文字通り、上下に)まっぷたつに裂いてしまおうとするのに唾液で滑ってうまく行かない。なりふり構わず足掻いていたらなんとか腕が抜けたから、背中を見せないようにして超絶ダッシュで逃げ出した。引き戸とドアノブに手が掛かるタイプの扉(押す)はあいつら安易に開けられる、幸いなことにその部屋は仏壇のような観音開きだったからピタリと閉めて次の部屋へ急ぐ。
猫かー、と、声が出る。チワワに雑種犬に次は猫かー。わたしが部屋に入ってから誰かがパチンと手を鳴らすまで数十秒、それまで動物は正常でいるから本当ならばその隙に、彼らを“倒して”おくべきなのだけどまだわたしは動物虐待を平気でできるほどの精神状態ではなく、つまりまだ自分の危機を正しく認識できていなくて、そこまで自分でわかっているけどだって猫でしょう、可愛いんだもん。双方にとって最善の「この何十畳もあるだだっ広いお城のような畳の部屋を、数十秒で走り抜ける」をわたしは選択、アキレス腱にだけはなんとなく触れないで欲しい怖いからと祈りつつ思いっきり背中を見せて逃げ出した。そういえば今の部屋には兎もいたなあ、灰色のもこもこのおとなしそうなやつが何体も、あの子ら凶暴化したら仲間割れしないのかしらとか思いつつ、いやあこれ全部あの人が仕組んでいることだものそんな粗相はないのだろうなとか考えるうちに次の部屋。仏壇を大きくしたようなそこにはどんな大型生物が出てくるのかしらと思っていたらなんとゾンビで、ゾンビっていうともう字面からギャグ臭が若干漂い始めてくるのだけど要するに腐った/凶暴な/成人男性が左右からわらわら沸いてきて、いやぁこれは洒落ならん寧ろ触れただけでゲームオーバー案件だしそりゃもう必死で逃げたよね。指一本触れたら死ぬわたし間違いなく死ぬ、多分もう一間抜けたら逃げられる、建物の外に逃げたらもうセーフ、「神様!」って祈りたいとこだけどなんてったってここ仏壇だし、こんなとこでこんな目に遭ってるってことは神様仏様がもし存在してもそれはわたしを助けてなんて絶対くれない。
知能指数が低そうな敵/外に出れば勝ち逃げって条件/散乱する人が中に隠れられそうな家具/割れそうな窓、全部引っかけだ。あと一間、多分仏像のその奥の壁を壊して外に出る、それ以外は全部バッドエンド。

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死にたくなる朝目覚ましをかけ直す必要なんてわたしになくて、明日もまた目覚めなきゃいけない口実を作るためにわたしは社会に参加している。誰からも求められなくなったら自由に死ねるのにいざその自由を手に入れてもわたし何にも出来ないから、それならいっそ他の誰かに下らない理由で縛られよう。
「対価:金銭」以外の精神的な部分での必要性は全部嘘だしただの欺瞞で、つまりは今わたし満足だけど、わたしはわたしの全部を商品にするつもりはないし、つまりはそういうことだ。
勉強も仕事もコスプレをしてゲームしているみたいなもので、だからそれ自体が辛かったこと一度もないし、でもそれは多分防衛本能と効率化のための計算で、だからそれが今癖付いちゃって24時間息ができない。
嫌いじゃないし苦痛じゃないし何にもしんどいことはない、ただ息がしづらくて苦しくて、ベタな言い方すると閉じこめた本当の自分みたいなものが、世界中どこにもだれにも存在を認めてもらえないのが、しんどいっていう幼すぎるわがままだ。


わたし可哀想わたしえらいね、そう思わないとやってられないけどそう思えば思うほどまた「可哀想だけどえらい」状態を我慢して続けなきゃならないのだろうなと、思えてよけい死にたくなる。だからってこれを解放したらどうなるかわたし散々知っているから、多分一生共存は出来なくて、こうして押さえ込むしかない。


分裂したい分裂したい、多分わたしならわたしのこと上手にあやせるし甘やかして誉められる、二人で交互にそれ続けたら永久機関で頑張れる。



お兄ちゃん家からは自分で去った。お兄ちゃんの実家は地域的には被災地域ど真ん中で、縁側や干し柿思い出したら泣けてくる。希望的観測って10回唱える、見てないものはなかったことにする、連絡取れない人はどこかで元気に生きてるし、わたしがひどいことしたあの子も元気で生きてるし、わたしのしらないところでみんなきっと幸せになってるし、だけどわたしはまだ償ってないしその人たちには償えないから、ああまたこの話、いい加減飽きたしどうにかして。


誰かへの償いとかそういう問題じゃないってこと、自覚しつつあるからやりきれない。原因がわたしにあるにしてもいなくなったら死にたくなるほど大切だった人たちへの贖罪であって欲しかったのにそれですらなくて、じゃあ原因は徹頭徹尾わたしの中で、なんてやりきれないのだろ。


羨ましいと思わない、人のことも昔の自分のことも。わたしはわたしでしかないしどうあがいてもわたしだから、多分誰かに成り代わっても、絶対これから逃げられない。

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何のためかはわからないけど多分確認のためにそれをする。色んな立場がわたしにはあって、適切な振る舞いを全部やる。限界は多分こないと思う、わたし結局たくましくて、絶望で死ねなくて、それがとても、つらい。

2013年1月8日火曜日

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「お願いだからわたしのこと忘れないで」って歌い上げる曲聴きながら思う、わたしのことはすぐ忘れてほしいな。忘れてほしくてもそうでなくても、多分きみはわたしのこと忘れない。もしきみが100歳までいきてもその数パーセント、単純に計算してももらった初めての出来事数十パーセント。君は絶対わたしのこと、毎度思い出しはしないだろうけど忘れない。だからきみにはわたしのこと、早く忘れてほしいと思う。わたしはきみのこと、もうわたしのものとして、自然に取り込んでしまったから、忘れる忘れないじゃなくなって、せめてきみがわたしのこと忘れないのだとしたら、このくらい穏やかなものになってほしい。



牛乳がないからオムレツじゃなくて、目玉焼き作ってトーストに乗せた。ぼおっとしていて卵を一個、床に落として割ってしまった。怠ける、が、どこか遠くへ行ってしまって、「ああわたし、若干戻りつつある」と思うけど、いいか悪いかわからない。でもたとえばその気になれば、精神的崖っぷちになんていつでも立てる、多分10秒で立てる。だから別に今は眠たいし寒いし、これでいいのだと思う。


出口が出来たから排出をするような真似、現実世界ではしたくなくって、でも多分それも全部、「いいよ」と言われる気がしてる。わたしそれに納得はできないけど、1mmほっとする。



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彼女の新居は立派なマンション、だのにロビーは騒々しくて荒れ果てて、あまり品のよろしくない方で溢れていてわたしは言葉を失う。これから頼りない彼氏と猫とで踏み出す少し不安な生活に、彼女を笑顔で送り出す役目出来そうになくて目を逸らす。靴を適当な靴箱に入れて知らない男の人に怒られる、立ち尽くしてたらソフトボール大の木の玉を男の子たちにぶつけられた。わたしはこのまま逃げ出せるけど彼女はこれからここに住む、だからわたしは泣けないし、「すごくいいところだね?」って言わなきゃいけない。わたしの背中の鈍痛は、彼女のそれに比べたら多分驚くほど軽い。


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世の中のありとあらゆるラブソング、それの全てにきみがわたしを、重ねて切なくなればいい。

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さむくてねむくておなかが痛い。自分の思考をコントロールできたらいいのになと思う。理屈と正解はわかるのに気持ちの持って行き方がわからない。もっと単純でいいのに。


今日二十歳の時にもらったネックレス初めてつけてみた。勿体なくてつけられなかったやつ、ゴールドだからあんまり似合わないやつ。多少なにかに大事にされている気持ちになるから、これはこれで、いいかなと思う。

2013年1月4日金曜日

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好きじゃないけど好きでいて、救えないけどそばにいて。


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モーニングセットのホットサンドが、クロワッサンでびっくりした。コーヒーだとなんだか強いから、ホットのカフェオレ飲んでいる。携帯電話は30分で電池が切れていやになる、10月を引きずっていたら緩やかに12月、そして1月。

夢の中でしか泣けなくて、いつでも喉だけ痛かった。無理矢理ダイブしなければ、後退することなくなった。「わたし不幸にならなくちゃ」、そんなにわるい子じゃなくなった。あの子が幸せになってくれたからってすべてが赦されたように感じるの、わたし絶対間違ってるけど、多分あの子はいいよ、って言う。多分猫も、にゃあと鳴く。
(ほんとはぜんぜん赦されてないし、ほんとはぜんぜんいい子じゃない。やさしいひとにあまえてるだけで、わたしほんとはそんな権利なくて、わたしほんとはもっと、ほんとはわたし、って考えると泣きそうになるからひどく醜い。何で泣くんだろ、自分がかわいそうなのかな、ばかみたい、自分がわるいのに。だからきみは救われないんだよ)



わたしやっぱり冬が好きだな、寒いけどぴりっとしていて、おふとんが幸せで、ココアとチョコレートがおいしい。チョコレート、わたし今年に入って食べてない。初チョコレートは北海道で食べようと思う。
自分が温くなったの感じたら、今までずっとイライラして焦ってしまっていたのだけど、いま温くなるべくして温いなって思っているから悲しくならずにねむたくなる。絶望的なまでの差異、絶望する暇もないほど絶望的で、わたしようやく理解した。いろいろ殺してしまった、でもまあいいのかなって思う。多分「よくないよ」ってそのうちなりそうだけど、それはそれでそのときに考える。


届かないから何度でも、ごめんねとおめでとうをきみに言う。


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誤解されたくない、で、文章重ねるのやめにする。
ほんとのことは行間か、もしくは直接口で言う。


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わたしの一番ほしいもの、多分いつかもらえるから、今は内緒にしておくね。


2013年1月3日木曜日

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電車のドアのそばでぼおっと立っていたら、大学時代の同級生に声をかけられた。大学時代は5人組で、そのうちの一人はわたしで、残りの4人がそこにいた。確か一人は結婚して子供もできて、あーでもほかの子はなにしてるんだっけな、超がつくほどまじめな女の子しかいなかった中で、わたしたちすごく浮いていて、でもすごくたのしく過ごしたのに、そのなかでもわたしはやっぱりまじめじゃなくて、だから卒業あたりから、わたしだけふわふわ浮いてずれてしまった。あんなに毎日一緒にいたのになにを話していいかわからなくて、「あー、」って声しか出なかった。
車両の奥には今までの同級生、それも女子だけ、がずらり揃ってて、あーもしかしてこれが、「飲食店入ったら偶然同級生が勢ぞろいしてた」ってシチュエーションかー、まあ話すことないから呼ばれなくっていいんだけど、って思ったりした。ふと気づいたらバスは、隣の市じゃなくわたしの町の駅行きになっていて、運転手さんにどうしても降りたいと伝え、よくわからないところで下ろしてもらった。なめていたのど飴はいつの間にかガムになっていてわたしは自分のコートにそれをペッと吐く。後ろから中学のころもそして今ものんびりした顔と声としゃべり方の女の子がわたしを追いかけてきて、下半身裸になったからびっくりした。紫色のレースのショーツは「ショーツ」って感じのパンツで、え、え、なにしてるのって言う暇も与えず彼女は普通に喋るから、わたしは自分の目線をそこからバリっと剥がしてまた走った。電車はバスになるし、のど飴はガムになるし、わたし全然ついてない。地面を蹴って、力を前進の方向にかけているはずなのに真上にふわりと浮かぶばかりで全然前に進まない。体を限りなく前傾姿勢にして、つま先で蹴って踵で着地して、必死で走るのに進まない。泥の中を蹴りながらびゅうびゅうの向かい風の中を走っているようで、力だけ無駄に消費されていって酷く焦る。わたしいまこれものすごく、早く走らなきゃ間に合わない。間に合わないのに進まない、走り方を忘れてしまったようだ。踵で着地し爪先で蹴る、浮いてる間はなるべく足を伸ばして長く跳躍、踵で捕らえて爪先で蹴る、なんで上にしか行かないの。
バスの中にわずかに乗っていた男の子に、お前あいつと付き合えよと声をかけられたこと思い出す。ねえ元気、また遊ぼうねって、女の子に声をかけられたこと思い出す。いやだなどうしてわたしのいろいろ、思うとおりに進まないんだろう。もう逃げるしかない、バスも電車もなにもかも、信用できないから走るしかない。走るしかないのにどうして進まないのかな、向かい風が悪いのかな。お正月の町ではワゴンセールがそこらかしこで行われていて、わたしはそのワゴンを手すりのようにして、体を引っ張り上げるように前に進む。やだなもう逃げたいな、なんで全然進まないのかな。


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おもちたべたいな。もちもちいいながら食べたい。すごく恥ずかしいから内緒にしたいことなんだけど、おもちを「もちもち」って声に出して言いながら食べたらすっごくおいしいの。でもお行儀が悪いしなんだかなって思うから、一人でこっそりやるとよい。
ココアもちというものがあるらしいから、わたし調べて食べてみよ。

今年はおいしいものたくさんたべたい、おいしいものたべたい。たかいものじゃなくて、おいしいもの。



王様の耳はロバの耳、しないとわたし生きていけない。だから穴にされちゃった場所や、そこに住んでる人たちには、ちょっとごめんねって思ってる。

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ことしお正月、ずっとしたかったことできたから嬉しい。なんとなく勝手に願をかけて、おみくじ引いたら大吉だった。おみくじでこんなによろこんだことない、おみくじが嬉しかったんじゃなくて、おみくじも嬉しかったんだけど、そういうのじゃなくて、全部上手にいえないから、だまる。

達観した気持ちになったりしたくは決してないんだけど、やっぱりそう思ってしまうことがあって、でも全部喋ってしまったら、酷く居心地が悪いから、だまる。



おうちに帰ってきたら、たべるものお豆腐三連パックのうちの二丁と冷凍カレーと、お弁当のための冷凍おかずしかなくて笑った。ねこのえさはたくさんある、いつものカリカリに、にぼしに、クリスマスプレゼントであげたやわいえさに、歯にいいというソーセージをねじったみたいなやつ。お正月テレビもネットも全然みないでいろいろ考えたり本読んでたら、一番悩んでたことがすっきりした。自分の中の一番いやだった部分、あっさり解決したからすごい。





わたしはただの人間で、狭量だしわがままだし全然だめなひとだけど、それでもわたしが許しているから、だいじょうぶだよとよく思う。 クズみたいな人間にでも、だれか一人に許されてさえいれば、ちょっとは救われるんじゃないかなって思ってる。毒にも薬にもならないタイプの愛情、わたしジャンジャン注ぐから、あーあそんなもんもらっても仕方ないんだけどなって、ちょっとあきれながら笑ってほしい。



頑張ってお風呂はいっておでかけする。もう晩御飯のこと考えてる。今日なにたべようかな。

2013年1月1日火曜日

20130101-01





ああこれが、狭量で我儘だったわたしへの罰だ。



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「改札で、
 待ち受ける僕らの、
 敵はきっと 泣いてる
 知ってるんだ、」

ああ、そうだよね
そうだよね、
そうだな。



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死んでもお詫びしきれないことを、もしもしたなら死ねばいい。悔やんで生きる君のそばに「もう苦しまなくていいんだよ」って囁いてくれる優しい女神が現れてわたしに悔いながらも前向きに新しい人生を歩み出す、そんなの絶対許さない。取りあえず死ぬほど申し訳ないなら今すぐ死ねよ、そしたらわたしゲラゲラ笑って「死んで許されると思ったのバカじゃない」って吐き捨てる。犬死にで無駄死にな誰にも悲しまれず喜びさえもされない君の死、なんて哀れなことだろう。でもそれだって一瞬で、わたしあなたが死んだこと、1分後には忘れると思う。

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【贖罪】善行を積んだり金品を出したりするなどの実際の行動によって、自分の犯した罪や過失を償うこと。罪滅ぼし。
【贖う】罪のつぐないをする。

金銭にすら変えられない何かで、わたしは贖罪する。埋め合わせは確かにできても罪が消えるわけではないからわたしの歪はそのまま残るししあわせになっても許されるわけではない。不幸でいなくてもよくはなるけどしあわせになんてなれないし、きっと一生許されない。わたしあのとき生まれて初めて「たすけて」って 口に出したけど、あれはやっぱり出すべきじゃなかった。わたしには助けなんかこないし、来てはいけないし、くるべきじゃないし、なぜなら他ならぬ私自身が、助けを殺してしまったからだ。



過去の自分への贖罪を、違う誰かであがなうということ。



「がんばったから見返りをください」は、お給料かテストの点にしか求めてはいけないし求められなくて、友達にも恋人にも家族にも、そういうことは言ってはいけない。いけないんだけどどうしても、一人で頑張って辛くなるからわたし神様にお願いした。かみさまわたし優しくなるし、がんばるし我慢するしいい子になるよ、だからかみさま頑張っただけ、わたししあわせになりたいです。



ポパイのほうれんそうみたいになりたいって、わたしずっと思ってる。


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あけましておめでとう、
世界中の女の子がしあわせになりますように。


https://www.youtube.com/watch?v=sYXzLrE5YF0

じぶんメモ:12がつ本まとめ

びっくりするほど記録できてない。
ちゃんと携帯とかに、なに読んだか都度メモろう。


2012年12月30日日曜日

20121230-01

電車の先頭車両は女性専用車両で、そこそこ混んでいた。落ちていたヘアピンがコロコロ転がって足に当たって止まる。わたしはそれを拾い上げ、眺める。黒い小さなお花のようなかざりがついた、パッチンととめるタイプのヘアピンは、子供っぽいけどかわいらしくて、いったい誰がこれを落としたのだろう、ゴミとして捨ててしまうにはまだきれいだからきちんと駅員さんに届けてみようかな、と考える。「ねえあなたそれわたしのものなのだけど」と、足元から声がしてびくっとすると、小さな女の子が咎めるように見上げていた。母親らしき中年の女性も「まさか盗むつもりだったのかしら」という表情でわたしを睨み付けていて、「いや、わたしこれを、駅員さんに届けるつもりだったんですけど」と、弁解したくなったけどそれが逆に怪しい気がしてムッとしたまま黙り込んだ。ひったくるようにヘアピンを奪い「いやあね」と言いながら背を向けた親子に対して「あんたらさ、」と声がかかる。「あんたらさ、この子はそれを拾ってあげて、拾得物として届けようとしてくれてたんだよ。それなのにその態度、恥ずかしくないわけ?」見知らぬショートカットの女性にそう言われ、親子は揃って顔を赤くするも「なにあれ行きましょう」と、ますますムッとして遠ざかる。「いいのいいの、あんなの気にしないで」と、わたしに笑いかけるそのひとはなんだかどこかで見たことのあるような、そうしてあんまりかかわりたくないような人で、思わず「このひととは、知り合いになりたくない」と思ってしまった自分のことを、なんだか卑怯に感じる。

船は函館から青森までゆっくり進む。びっくりするほど小さな船には観光客はわたしたちくらいで、あとは地元のおじさんが、談笑しながら乗っている。そもそも連絡船でもなんでもないこの船に、頼み込んで乗せてもらったのはわたしたちで、だからわたしはこっそりと、「港に着くまで彼女がなにもしませんように」と、漠然とそんなことを考える。
「ねえわたしもう死のうとおもう」と、彼女が言い出したのはちょうど港と港の中間地点で、わたしは「あ、やっぱり」ってがっかりする。海は赤潮で汚れていて、飛び込んだらそれに絡まれそうだ。「あんたさいつもそう言って結局死ねないじゃん、だからそんなばかなこと言うのやめなよ本気で怒るよ、船の人たちに迷惑かけるのやめなよ、絶対死ねないんだから無駄なことするんじゃないよ」って、わたしはすでに本気で怒っている。
柱に手をかけ背を仰け反らせ、今にも海に落ちてしまいそうな彼女をおじさまたちは力ずくで止めようとするけどわたしは一歩も動かない。落ちるなら落ちろ、どうせあんたは死なない。それよりどうしてあんたは、わたしが頼み込んで乗せてもらったこの船で、こうやって迷惑をかけるのだ。いらいらする、わたし一人だったら何事もなく港に着いたのに、いらいらする。いつもわたしの邪魔ばかりするし死ぬ死ぬ言って死なないし、それにわたしは慣れたからいいけどこうやって毎回周りの人をかき回して結局死ななくて、そのあとヘコヘコ謝るのはわたしだ。まだいっそのこと死んでくれたらいいのに、ぜんぜんぴんぴんしているから腹が立つ。口に出さずにイライラしていたら、とうとう彼女が飛び込んだ。人間はそういう風にできているから、いくら服を着ていても彼女はすぐに浮かび上がる。ぷかあ。赤潮で汚れた海に、真っ白の洋服がふわあと広がる。慌ててもう一度沈もうとして、すぐに浮かび上がってまた沈む、ばかみたい。幸いなことに船は速度を落とすことなく港目指して一直線で、必死で溺死しようともがいている彼女からどんどんどんどん離れていくから、早く港に着きますように、でもそうしたらまたわたし、警察に事情聴取されて、港の消防隊に謝って、ぜんぜん仲良くもなんともない彼女のために、また気苦労するのかと思って憂鬱になる。
いっそのことあのまんま、赤潮に絡められて死ねばいいのに。

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キチガイに刃物というが、キチガイは刃物を持って現れる。ああ刺されるならどこがいいかな、変に生き残って障害が残るような箇所に刃物突き立てられたくないな。なんとなくおなかを刺されてもがんばったら障害もなく生き残れるような感じがする、おなかを刺された経験はないけど、生理痛のひどいものだとどこか思っていて、だからわたしはおなかを刺されても、なんとか耐えられそうな気がしてる。ぼおっとそんなこと考えてたら刃物をくるんでいたタオルがばさっと外れ、キチガイの刃物が露になった。それは刃渡り30センチくらいの大きなナイフで、キチガイらしからぬ繊細さでぴかぴかに砥がれ磨き上げられていて、しかもなぜかキチガイは、わたしの右手に狙いをつけた。腕じゃなくて、手。わたしの右手をぎゅっと握って親指以外の4本をすぱっと切断しにかかる。おそらくこのままぐっと力を入れたらわたしの人差し指中指薬指小指なんて多分あっというまにぽおんと飛んでしまいそうで、でももしそうなったら、命に別状がないのに指がない生活で、キーボードも打てないしお鍋ももてない字もかけないしお化粧もできない、そんなの絶対理不尽だと思ったから、ナイフを逆刃にしてわたしの指の変わりに、キチガイの指を落としてやった。「あのさあ、なんでなにもしてないわたしが、あんたなんかに指を切断されなきゃいけないわけ?」呟いたけど多分、彼の耳には届いてない。当たり前のことだけどやっぱりわたし、他人に理不尽に傷つけられるの、やっぱりどうしても許せない。



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さくらちゃんは死んでるし、だからわたしだって死んでるし、いや死んでるんじゃなくていま墓石の下で頑張ってる感じなんだけどぜんぜん頑張れない。頑張れないって言うか頑張る素地がない。くじけそうになる。くじけそうになるけどなんだかそれもひどく理不尽だから、もうちょっと危機感持って頑張って、って思ってる。
いますごくおなかがすいているけど、おなかがすいていても、おうちにぜんざいがあるって事実でいろんなものが許されている。ぜんざい賞味期限まだまだだから、多分わたしこのぜんざいのこと、おまもりみたいにギリギリまで、食べないでとっておくんだと思う。

2012年12月27日木曜日

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あげあしとって回りたい、片っ端から回りたい。言葉尻とってつつきたい、きみの全助詞にイチャモンつけたい。事実がたとえそうだとしても、そしてそこに本質がなくても、言ってはいけないことは確実にあって、たとえ君がそれを口にしなくても、それがぼくに漏れ出ているなら、口に出してると同じことだ。


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最近なにもものを見てない、アニメも小説もマンガも読んでない。読んでいるんだけどそうじゃなくてなんか違って、いやそうなんだけど絶望的に違ってて、だからわたしは圧倒的に、きちんとひとりにならなきゃいけない。吐くまで食べた挙句の吐瀉物をこねくり回していじったりできなくなると、わたし多分ゾンビになるのだとおもう。そしてすでにそうなっている気配がして、たしかに今までの、ゾンビらしいゾンビではないのだけれど、ポジティブゾンビって怖くない? 上手く言語化できないししたくもないけど、まあ、そういう感じです。


友達について考えて、わたしは人に堂々と、「友達です」って言える人がいなくて、なぜかというと友達というのは、相互の意思がないと名乗ってはいけないものだとおもっているから。わたしが一方的に好きで、友達だと思いたい人は沢山いて、でもその人たちを「友達」と、称した時点で怒られそうだ。でもこういうしちめんどくさいこと、現実世界じゃ通用しないから、単純に知人の呼称として、わたしは「友達」を使用する。
めんどくさい定義を置いておくと、わたしの「友達」はみんなやさしくて、わたしがしたいことやしてほしいこと、かけてほしいことばやしてほしい反応、そういうものを全部くれる。例えばわたしの名前や存在を、知っていて覚えてくれるだけで嬉しいし、声をかけてくれただけで泣きそうになる、それは本当に大袈裟じゃなくて、みんなどこで計ってたのってくらい、すごいタイミングでそれをくれるから、わたしはわたしの「友達」にすごく感謝をしているし、せかいにありがとうと思ってる。それと同時に、わたしはわたしが思うほど、そんなにクズじゃあないよって思いたい。わたしがどんなことでうれしいかというと、たとえば年賀状あげるって言ってくれたり、こんどXX一緒に行こうって言ってくれたり、単純に話しかけてくれたり、そういうことですごくうれしい。
でもこういうのってすごく、一般的に見たらささいなことだとわかっているし、だからあまりにもそこの部分に大袈裟に感謝をすると重たいかなって思うから、わたしあんまり言うべきじゃないと思うけど、まいにちまいにちうれしいし、わたしがいま奇跡的に、自分の精神コントロールできているのはそういう人たちのおかげだから、わたしいつか、ちゃんと恩返ししたい。

人に甘えるのがすごく苦手で、ましてやすきなひとには、わたし絶対あまえたくないんだけど、なにもいわないのに無意識に、わたしのこと甘えさせてくれるそういうひとたちに、わたしすごく感謝をしている、ありがとう。多分これを読んでくれているきみのことは、わたしはそういう感じに思っているよ、ありがとう。


最近何もアニメ見てないからまたただの日記になった。つまらない。
すごく遠くへ行きたいなと思うけど、多分ただなぞりたいだけだと思うから、それは正しいことなのか判断がつかなくて、でもそういうものなくしてしまったら多分本当に死んでしまう。遠くへ行きたいとか、携帯を投げ捨てたいとか、衝動的に全部やめたくなるくせは多分一生変わらないし、わたしだけのものじゃない。

まともなひとになりたいけれど、完全に死んでまっとうにうまれかわるのは、やっぱり、すこし、いやだ。





2012年12月15日土曜日

20121215-01

壊れやすいものが壊れやすいことを壊さないように確認する、柔らかいそれは熱量を持って僕の掌を押し返す。確かに受け入れられているはずなのにひっそりした弾力が輪郭をなぞって、ああ、別の個体だと思い知ってひどく悲しくなった。君が儚くて弱くて脆い生き物であることを、確認せずにはいられない。君の生死は僕のものなのに君と僕とは違う個体で、その事実ものすごく腹が立つ。ご飯を食べて酸素を吸って二酸化炭素を吐く君の、生物としての生命活動に僕は全く必要なくて、僕がいなくても生きてゆけるが嘘だとしても僕がいさえすれば生きてゆけるも嘘だろ、なんだそれ、すごく腹が立つ。


君なんて、いっそのこと、
僕で栄養補給して僕で呼吸をし僕で生命活動を維持して僕で社会活動を営み僕で精神と性欲を満たして僕だけを糧にして生きればいいのに、


詮無いことだ。









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野嵜貴子さんの個展(http://nozaki.main.jp/ugomeku/)に行ってきた。のざきさんの作品を初めて見たのはコミティアで買った小火で、(その感想を書こうとしたけどご存じの通りわたし感想文が苦手だから「ふわあとなった」としか書けないことに今気付いた)それから何作か読ませてもらってすごく好きで、個展があるって知って絶対行きたいと思って最終日にやっと行けた。のざきさんの絵を見てると世界は全然狭量じゃないし何でこんな色が出てくるのかなってすごく不思議な気持ちになる。物事には世界との境界線があってそれが輪郭と呼ばれるものだと思うのだけど、それはくっきりしたりぼんやりしたりして、そういうものや、多分世界はわたしの頭の中よりもずっとカラフルで繊細で美しくて、そういうことや、でも全部とてもめんこいし愛おしいしで、そういうなにか愛おしい生き物の生命活動を飽きもせず眺めていられるような、そういう不思議な気持ちになる。好きな人の漫画や絵を見るときいつもそうだけど、なんでこの人はこんなものを描けるのかな、一体全体どこをどうしたらこんなものが生まれるのかなって、すごく愛おしくなってしまう。かたちやいろや輪郭ぜんぶ、何時間でも眺めていたくなるからすごい。




絵を見てると自然と顔がにやけてしまうのでマフラーで顔隠しながら展示見た。漫画読んで泣きそうになったので急いで帰ってきてしまった。次もものすごくたのしみにしています、見に行けてすごくよかった。




こういう感想うまく言えたらもっといいのになっていつも思う。技術的なことや知識があったらもっとうまいこと言えるのかなと思うけど、「すごいすき!」しかいつも言えなくてすごく困る。でも拙くても「すごいすき!」はわたしは言われたら嬉しいから言ったほうがいいなと思ったし言いたいし、わたしに好きと言われるの(例え作品が、であっても)気持ち悪いかなとどうしても思うけど、すきなもの作る人が同じ時代に生きてること自体奇跡だし感想を伝えられるってのも奇跡だから、やっぱりどんどん言おう。

2012年12月14日金曜日

20121214-01

今朝気付いたけどわたしのこのこれ、無償じゃなくて有償だ。費用対効果に燃費に見返り、そういうものがついてまわるやつ。ほんとに好きなら愛するべきだし、愛というのは無償のもので、だから自己犠牲我慢忍耐精神的自傷行為そういうものは屁でもなかったし、むしろそういうもので計測されるのが愛情の深さである。自分の気持ちを自覚したり相手への要求を抱いたり、触られて痛みを感じたりいやなことされて悲しいと感じたり、そういうこと自体が裏切りだし誠実じゃないと思ってた。全感覚を相手に重ねて、自分の痛みやそういうものを全部シャットダウンする。わたしには子供はいないけど、多分子供に対して注ぐようなそれを、無償で注げるのが愛情だと思ってて、「好き」というのはそういうことで、だから「きみのそれは愛じゃないよ」っての、ずいぶんいろんな人に思った。わたし好かれてはいるけど愛されてはいないなと思ってたし、わたしが人を好きになるときはもう愛にしかならないと思ってたから、自分のそれと比べて随分自分勝手で汚いなと思ったし、「君のこと愛してるよ」って言う人に対しては、僅かに抱いていた好意が殺意に変わったりすらした。


わたしが死んで相手がしあわせになるなら死にたいし、自分がクズだから相手に近づきたくないし、それは相手のことが好きだからこそそうだし、君のこと好きだからこそ一緒にいたくない。自分がクズだとしたら、「一緒にしあわせになりましょう」なんて頭のおかしいセリフ言えないし思いもしない。「君と一緒にいたい」とか真顔で抜かせるやつはみんな、本当に相手のことを考えていないか、もしくは自意識過剰なひとだ。僕はそういう人を軽蔑するし、そういう人から向けられた「好き」を命をかけて否定する、
そう思ってたんだけど、
わたしのいまのこのこれが、無償じゃなくて有償だって、気付いて目から鱗が落ちた。


すごくベタなこというと、ああこれが恋かと思ったし、恋とはずいぶんきたないものだなと思った。やっぱりわたし今でも、恋より愛の方が崇高だと思ってるし、恋人(字面で気付けばよかったのに)に対しては愛を持てなければならないと思ってるし、それで自分のこと責めたりしたんだけど、これがもし「恋」というものならば、わたし自分のことも相手のことも、許せるなと思った。

“残念ながらわたし君のこと、愛してないけど恋はしてるよ”は、なんだかひどい言葉に聞こえる。でもわたしにとって前者であれば今すぐダッシュで逃げ去りたいし、後者であるから一緒にいたいし、だからまあ、いろいろ許してほしい。

してあげたいことたくさんあるけどしてほしいこともたくさんある、言いたいこともたくさんあるけど言ってほしいことたくさんある。後者の欲求全部嘘だし持ってはいけないと思っていたけどもしかしたら許されるのかな、もしそうだったらすごく救われるなって、今ちょっとだけ思ってる。




我に返ると自分が気持ち悪くなってしまうし一気に自身が無くなってしまう、だからわたし、なるべく我に返らないようにする。多分平気大丈夫って無理矢理思うのは、客観的事実と経験則に基づいた戦略なので、わたしはわたしの気持ち悪さを、全力で無視することにする。





2012年12月13日木曜日

20121213-01

わたしが口にする曖昧なこと、全部都合よくとらえてほしい。当たっていても外れていても、わたし何も言わずににっこりするから、全部都合よくとらえてほしい。

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例えば甘えとかそういうの、しちゃいけないことだと思ってきたし、わたしはわたしのしっかりした部分がすきだから、だれかにうまく頼れない。そこを好きだと言ってくれる友達だってたくさんいるし、自分でもそこが誇りだったりする。だからわたしのそういうところを、「女の子は、ちょっと頼りないくらいがいいんだよ」って言われたら、わたしどうしていいかわからなくなる。

わたしのほうが力が強い/わたしのほうがしっかりしている/わたし方向音痴じゃない/わたしそんなにさみしがり屋じゃない/頭もそんなにわるくない。これらの事実は、時と場合によってステルスされるべきものらしい。

それが上手にできたなら、わたしあの子の恋人でいれたらしい。頭では分かるけど、これがどうしたってわたしだから、君の「守りたい、この女の子」的な偶像を押しつけられてもそれわたしじゃないし、って、またもや可愛くないこと考えてしまう。

ホラまたアレだ、わたしが封印しようとしている“べき”論が、きみのなかにもあるじゃない。

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“きみのためならぼく、ぼくじゃなくなっても”っておはなしは、またべつの話。


2012年12月11日火曜日

20121211-01

おんなのこは不幸で憂鬱であるべきで、つまりはわたし今、全然おんなのこじゃない。


アニメのこと考えてるわたしと仕事のことかんがえてるわたしとアダルトグッズのこと考えてるわたしと可愛い女子のこと考えてるわたしとキャラメルクレープのこと考えてるわたしとすきなひとのこと考えてるわたしは全部わたしで、区切りがうまくつけられない。つけられないから混ぜているけど、別にありのままのわたしを愛してとか思ってないしどれもこれもありのままですらないんだけど、でも最近ちょっとどうなのと思いつつある。現実世界だとそれの使い分けというか、自然と見せる顔の一面が限定されると思うんだけど、インターネットだとごちゃ混ぜになって、でもそれがいいかなあと思ってたんだけど、最近どうなのとすごく思う。かと言ってわたしめんどくさがりだし不器用だから、つかいわけるということが全然できなくて、だから例えばツイートするアニメの作品ごとにアカウントを使い分けてるひととかを、わたしはすごく尊敬してる。
最近本が全然進まない、ラジオも全然聞いてない。それはなぜかというと、考えることがおおいからだ。本を読むのすごく好きで、それはもう純粋に好きなんだけど、それよりどうでもいいことに、CPU奪われてほかのことができないかんじ。ぼおっと考えてたら本読む頭の隙間がなくて、だから11月の連休用に借りた本、未だに全然読めてない。多分12月は最近で最低の既読冊数になりそうで、わたしなんにもしてないな、って気持ちになる。だからせめてのこるように、いろんなところで下らない文章書くよ。

2012年12月9日日曜日

20121209-00


今すごく知らない女の人に呼ばれてるけど、無視してる。ごめんね?

何かが始まると必ず終わるし、つまりそれをちょっとアレな感じで言い換えると、永遠なんてないということで、いつか終わるものならばもうこの手で終わりにしたいし、だからわたしは最近、お風呂にいいにおいの入浴剤入れてジュース持ち込んで飲みながら暖まって、うれしいメールとかを見返してそのままぶくぶく沈んでしにたいな、って思う。つまり今わたしのこと読んでる女の人の声はとても甘美で、いやでもまあ、今日は人生最後にお風呂で飲むべきおいしいジュースが手元にないから、普通に入ってあがると思うけど。
頭で考えて正解の行動や言動やそういうもの、ぜんぶほんとはわかるけど、わかるから、多分どうでもいい人に対してだったらわたし、結構かわいくふるまえると思う。でもそういうことしてると本当に作り笑顔と媚だけの人間になったみたいになって、と同時にすごく相手のこと見下してしまうし、いいこといっこもないというか、いやそれこそ仕事で使うんだったらすごくいいんだけど、でもそれとはまたちょっと違うタイプの媚態だから、多分もう一生しないと思う。相手がどんな人であってもそういう風に人を見下すのは間違っているし、わたしにそんな権利ない。でもそういうのじゃなかったら、全然正解の行動できないし、すごくかわいげないなあってしみじみ思う。どんどん、「ザ・不正解」の行動しちゃって、ああこういうダメパターン、小説やマンガで腐るほど見たわーって状態になる。なんだかなあと思うけど、でも正直になるとそうなってしまうし、じゃあわたしはどの方向に頑張ればいいのかなって考えるけど、ぜんぜん浮かばない。
自分の重みと気持ち悪さで潰れそう。気持ち悪いクズのような人間に行為をもたれるのって悲劇以外のなにものでもないと思っていて、しかもそれを露発されるなんてもうすでに犯罪行為で、だからわたしは現在進行形で犯罪を犯しているわけで、それが純粋に申し訳ない。あー犯罪者かあわたしそうかあって笑うしかできないし、だから女の人がまたわたしのこと呼んでるけど、ぶくぶく沈んでしんだりなんて殊勝なことしないで、犯罪者らしくふてぶてあがってくると思う。


お風呂はいろう。

2012年12月8日土曜日

20121208-02

さみしくないのとか寒くないのとか痛くないのとかつらくないのとかそういうのって一瞬で慣れる、すごくやだ。継続的にさみしくてさむくていたくてしんどい状態でいないと、も一度霊安室みたいなとこに閉じ込められたとき今度は生きて帰ってこれないんじゃないかと思うから、そうしたい。あったかくてふわふわしてあまくておいしくて、そういうところ、一瞬でも入ってしまったら、次そこから追い出されたとき、こころがぽきりと折れる気がする、わたし多分片足突っ込んでる、早く抜かないとだめだ。

20121208-01

あんなに沢山あった、履歴書の束が見つからない。2006年からの手帳あるのに、2010年のだけ見つからない。本気で記憶がなくなるから、手帳や履歴書やそういうものに、「いまわたしは何をしていて、いつからいつまで何をしていた」ってことあるごとに書き留めないと、ポロポロこぼれて忘れてしまう。履歴書を書く、何のためとかじゃなくて、忘れてしまう自分の記憶をピン留めするために書く。書くために昔の手帳を引っ張り出して、わたしの空白期間は2006年から数年間くらいだと思っていたんだけど、2010年もすっぽり抜けてて、うわあ、こんな最近にも欠落が、ってギョッとする。


きおくがない。


高校のとき自転車で二人乗りしてて、後輪に泥除け巻き込まれて前転した。中学のときは二人乗りしてたら鬼みたいな先生に怒られた。神楽坂のピザ屋さんいったりテレアポしたり企画したり歯医者さんで一日歯科助手のかっこしてキャンペーンしたり、そういう断片的なことは覚えてるんだけど、だれとなにをしていて、何の仕事していて、わたしなに考えていて、だれと一緒にいたのかとか、全然全く覚えてない。ずっと夢の中にいるみたいだったし、いまでも夢の中にいるみたいで、多分毎日なにかに日記を書き留めないと忘れちゃう、だから今年はちゃんと手帳買った。
きおくがないって、忘れっぽいとかそういうのじゃなくて、本当に覚えていなくって、それはたぶんつらいことがあったとかじゃなくて、目がぼんやりかすむとか視界にモザイクかかるとか、当時からそんなかんじだったからだと思う、そしてそれはいまもそうだ。世界はすりガラス越しに見えていて、輪郭判るし見てれば見失わないんだけど、一瞬目を逸らしたら、すぐにぼんやり記憶が溶ける。「わたし、のうみそがだんだん小さくなっていってるの」って言って毎月脳のCTスキャンかなんか受けてる友達がいて、もしかしたらわたしもそうなんじゃないかって病院の先生に相談に行ったら笑われたことある。多分ずっとなにか麻痺してるんだと思う、生まれつき視力がわるいひとみたいに、わたしの世界にはずっともやがかかっていて、でもそれは生まれつきだから何も不便はないんだけど、ただ人と話したときに、わたしがあまりにも何も覚えてないのを怪訝そうにされるから、それだけはちょっと恥ずかしいなと思う。
多分これやったっぽいなって記憶とか、あの人と仲良く話した気がするって記憶とか、たくさんあるけどどれも昔見た夢みたいですごくぼんやりしている。だからこそ全ての人のこと、わたし一方的に知ってるだけで相手は自分のこと認識してないし忘れてると思ってるし、だからこそ名前を呼ばれたら、ものすごくうれしかったりするんだけど。でもはっきりくっきり思い出してもしんどそうだから、わたしこうして毎日、ぼおっと生きると思う。



恋とか失恋とか就職とか失業とか破瓜とか自殺とか、なにかしたらわたし覚醒するんじゃないかって、ずっと期待してたけどだめみたいだ。気付いたらすごくこわくなるけど、隣にいる人がいつの間にかいなくなってもすりガラス越しだったらダメージ減しそうだから、うんだからやっぱりこれでいいかなって思う。

2012年12月6日木曜日

20121206-01

オーケー、正直に話をしよう。

僕は君を傷付けてしまったことをひどく後悔している。それと同じくらい、僕が僕を不幸にしてしまったことを、ひどく後悔しているんだ。
君のことだけ考えて、後悔して生きてたかった。でも僕やっぱり自分がかわいくてかわいそうで、だから自分の不幸にも後悔していて、だからってじゃあ100%独善的になれるかというとそうでもなくて、だから僕は前任でも悪人でもない、ただの単なる凡人だ。



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わたしやっぱりあんなこと、言うべきじゃなかったなと思ってる。
こいびとや友人や家族が、何かのオプションみたいに必要条件満たした人に挿げ替えることができるなんて思ってないけど、でもやっぱり、思う。すごおくいやな話をすると、きみにぴったりなどこかのだれかがきみを選ぶとは限らないし、もちろん“そもそも”の前提だって、わたしも色々わかってる。色々わかってるけど、色々思っちゃうってことはあって、それはそれで、もうどうしようもない。
一人で暗いこと考えてたらなんだかすごく居心地よくって、ああ、って自然と声が出て、

わたしまだ、“べき”ってやっぱり思ってる。


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隙間に入っていくお金、すごくこわい。内容が恐ろしくて本を読み進められなくなったの、殺人鬼に続いて二冊目だ。
でも多分これは最後まで読まないとわたし眠れなくなるから、ちゃんと最後まで読む。
感想文じゃないもの書きたくなってきたから、どうしようかなブログなにか他に探そうかなって探してて、うーんうーんて悩んでいて、いまも悩んでる。自分のためだけに書くのであればすごく適したところがあるんだけど、でもそこには数年前の自分の文章があって、もう昔書いた文章なんて見返したくもないから、やっぱり何か探そうって思って、でも昔みたいに、完全に自分しか見られないのはすこしさみしいなと思う気持ちもあって、ああ承認欲求というか、わたしはここよ見つけて的なこの欲求、めちゃくちゃ気持ち悪いなと思ってる。気持ち悪いといえば、AMのいいね女的な連載コラム、あれ書いてる人一体何のトラウマがあったのってくらい気持ち悪くて笑ってる。まみさんのじゃなくて、署名記事じゃないやつ。こんな女に注意的なやつ。もしやネタなのか…とも思ったけど、あの記事に言及してるひともライターさん側に立ったコメントしてるから、気持ち悪くて笑ってる。すごい心狭いな、なにかいやなことあったのかな? かわいい女子には寛容でないとだめである。わたしは個人的に、頑張って自撮りして、女子会の様子を実況中継したり、ごはんやスイーツの写真載せたり、たまにネット上で落ち込んじゃったりする女子のこと、すごくすきなのでどんどんやってほしい。わたしのツイッターの非公開リストには「かわいいひとたち」ってのがあって、そこには可愛い女子しかいないんだけど、可愛い女子がかわいいこと呟いて可愛い自撮りやスイーツやごはんやペットや夜景や、オシャレなカフェごはんごしにちらっと見える男の子の腕や、そんな写真をどんどこあげるようすがたくさん見られて、わたし史上最強にしあわせ。

最近自分のことを、すごく気持ち悪いなって思うこと多々あるんだけど、いまこの文章書いてまたそれひしひし思ってる。そろそろいろいろ許されなくなってきている気がするけど、気持ち悪いこと黙って思ってるともっと気持ち悪いよなあって思ったので書きました。可愛い女子はどんどこ自撮りしたり日記書いたりしてください。わたしのしあわせのために。

 

2012年12月5日水曜日

20121205-01

思いやりは想像力で、違う価値観を認めることで、つまりはそこには、相手を好きとか嫌いとか、思いやる気がないとか優しくないとか、そういうものは関係ない。
人との価値観の差異がどうしても理解できないとき、わたしは自分と相手を、違う国の人間や違う部族、違う星の人間として考える。例えば同じ日本人だって、現代と戦後や現代と戦国時代では常識が全然違ったし、だからお互いが「あなたのため」として行動する内容にずれがあって当然だし、そのずれを「あなたはわたしのことが好きじゃないから/優しくないから/思いやってくれないからそういうことをするんだわ」ってとらえてしまうのは、すごくなにかが違うと思う。そこで想像力と、違う価値観を認めることだ。「ぼくはこういうことをされたら悲しい」を最大限に想像して、「ぼくは悲しくないけど、他の人はどうだろう」「ぼくはうれしいけど、一般的にはどうだろう」「ぼくはこう思うけど、あの子はどう思うだろう」って、たくさんたくさん考える。わたしは昔、わたしの信じる正義こそ正義だと思っていたし、わたしの理想こそ理想だと思っていたから、自分の考える「思いやり」「やさしさ」が相手に通用しないとき、そしてそれを責められたとき、「わたしの考えこそが正しいのに」と、わかってくれないことに絶望したけどそれ多分間違ってる(間違ってると思うけど、だからと言って責める相手もちょっと間違ってるなって思う)。
自分の価値観は世間一般から見たら少数派なのかもって自覚は、選民意識の現れみたいで持つのすごく抵抗あったんだけど、そういうものじゃなく、100人いたら30人くらいはわたしと同じ考え方してるかもしれないけど、残りの70人は違うよねってだけの単純な話だ。純粋な確率の問題として、70%と30%、君がどちらに属す確率が高いかな? ってだけの話。自分はもしかしたら少数派かもしれないって自覚と、今までの、「わたしの当然のふるまい」に傷ついたっぽい人たちの記憶と、そういうものを肥やしにして努力して、通常の努力と違う方向で努力して、わたしはやさしくなりたいな、って思った。

つまりはなにがいいたいかというと、すきな人のこと、わたしはわたしなりに、傷つけたくないなってことだ。

友達でも恋人でも、“わたし、どこまで見捨てられないかな”ってつい試したくなって、試すということは傷つけると言うことで、わたしに傷ついてくれることや、痛くて泣く様子や、逆に涙をこらえるようす、そういうものでゆがんだ満足覚えたいって醜い欲がどうしてもあって、たまにそれは抗いがたいものでもあるんだけど、そしてわたしは自分がすごく気分屋だとも知っているから、とても限定して、今日の今この瞬間は、わたしすきなひとのこと、傷つけたくないなって思ってる。


今すごく珍しい精神状態なので、おぼえがき日記を書きました。

2012年12月2日日曜日

20121202-03

朝ごはんを毎日食べると計算し、卵と牛乳・パンを買っている。今週はあんまり朝ごはんを食べなかった、つまり今ぼくの冷蔵庫には、賞味期限が怪しい卵と牛乳がある。

セーラー服着て眼鏡かけて可愛い顔した宇宙人と対決したい。目からビームかイカ墨出して世界を超絶救いたい。スライムみたいな蛍光イエローのそれをナイフでブニブニめった刺ししたい。 そしたら蛍光ピンクのホイミスライムみたいな援軍が来て、キャーとか言って逃げ回りたい。
 

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よく見たら、パンのほうが賞味期限アレだった。だから今日はおやすみなのに特別に、たまご2個使ってオムレツのあさごはんつくった。おやすみだから、お行儀の悪いことに、お風呂でごはん食べようと思う。今月12月だってびっくりする、やっぱりわたし砂丘行きたい。

20121202-02

これ何のポーズだっけ

20121202-01

ニーソの中からiPhone見つけた。弟が使っていたやつで、いじっていたら、ついた。わたしはニーソックスにいろんなものを挟む癖があって(便利だから)昔弟のiPhone使ってニーソに挟んで挟んだまま脱いで、そのまんまになってたものらしい。洗濯後にも関わらず水没していなかったそれを弄っていたら電話がかかってきて、画面に「電話に出てください、出ないときれちゃいます」って表示が出て、iPhoneて随分おせっかいだなあって思った。電話は母からで、デザフェス行くから用意しなさいって言われた。父も妹も出てきて、夢が家族オールスターズだった。


今日17時に寝たら19時に起きた。19時に寝て24時に起きた。活字を読む気に全然なれなくて、アニメ見る気にもなれなくてずっとぼーっとしてたけど、ぼーっとしてるとどこかへ行きたいなって事ばかり考えて、逃げられないことにばっかり気付いて思わずコーラ飲みたくなるけどわたしの飲みたいコーラって素コーラじゃなくてライム入りコーラだから、今おうちにライムないしレモンしかないし、それ飲むにはライム買ってこなきゃいけないしでハードル高い。

図書館の予約で、7月からまってた本の取り置きが今日まで。今日早起きしてとりに行かなきゃいけないし、本の感想チャッと書いてチャッとメールしなきゃいけないから、とりあえず今日チャッと寝てチャッと起きよう。 こないだツタヤのカードつくったからなんか借りたりしたいのにアニメも小説もすごくたまってて借りる気しない、でもなんか借りたりしたい。泣ける映画とか見たい。呪怨とか。

2012年12月1日土曜日

20121201-02

率直に言うとわたしの三年は三年じゃなく、まだ継続していたということだ。



お腹をさしたら人は死ぬらしくそれは痛いのかな、でも多分耐えられないほどじゃないだろうなって思ってる。どこかに逃げちゃいたいけどどこへいってもわたしの行きたい場所なんてなくて、だから部屋から出られない。毎日死ぬほど働いていればしんどくなることはないのかもしれない、せっかく沈んでいたのに掻き回されて結局出てきたのが澱だったこと、わたしいまそれがひどくつらい。
明確な悩みで悩めない、しょうがないことばかり考える。なくなったものやひとや、実現しなかった将来や、そういうもののことばかり考える。とても建設的じゃない、どうせ悩むなら、解決策の出ることで悩みたい。でも今わたしがこんなにしんどいなと思ってることは全然特別なことじゃなく、小説にしたら王道すぎてスルーされるレベルのもので、つまり言葉にするととても陳腐だ。でも結局人間がこんなに世界中にいて死んでいくのは、多分そういう陳腐な悩みが、致命傷になるからだと思う。
あのこがしあわせになりますように、あのこがしあわせになりますように、あのこがしあわせになりますように。みっつ唱えて目を閉じる、そうすると静寂が訪れたりする――なんてこと全然なくて、あここはまごうことなき現実だと、ひどくばからしい気持ちになる。

20121201-01


母の遺骨が届いた。

朝からひどく寒くて、いつもの砂糖も牛乳も入れずにブラックのままであたたかいコーヒーを飲んだ。木箱はかたかたと軽く、その軽さが魂の軽さだとかそんなばかみたいなことじゃなくて、軽快というものは旅立つのにとてもうってつけなことで、だからわたしは、よし、と思った。宅配業者は木箱のほかに、わたしのための食料品と、CDを一枚置いていった。いきるためのものと、しんだひとのためのものと、しんだひと。それらを同時に運んでくる宅配業者に、わたしは心底尊敬をする。



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文章書けないのすごくつらい、しんどい、こんなに書いていて何がだって思われると思うけど、すごくつらい。出てこないの書けないじゃなくて、やっちゃいけないのほうの書けない。 今日すごくすっきりする夢を見て朝6時に起きた、だのに二度寝したらすぐに忘れた。だらだら怠慢が流れていって、抑えるのに一苦労だけど、せっかく何かを頼んでもらったから、それをちょっとやろうと思う。わたしは自分のために何かをすることができなくて、できなくはないしやるんだけど、どうしてもモチベーションがあがらない。自分のためにはがんばれないから人に何かをたのまれるのすごくすき、すきなくせにそっちはそっちで全然技術がなかったり力不足だったりで申し訳なくなる、だからわたしは(自分がなかなか満足にできる)仕事というものが好きなんだけど、個人的に何かを頼まれるというのはやっぱりそれと格別に違っていて、だからなにがいいたいかというと、ありがたい。

わたしずっと、多分、世間に言ったら窘められるであろう羨望を抱いていたんだけど、そのひとだって当たり前に人間で、たとえ幸せそうにらくちんに見えてもそりゃあ辛かったり悲しかったり当たり前にするんだよなって思ったりして、一人で泣いた。なにがよかったかわるかったかなんて主観でしかないから、理不尽に人をうらやむこと人間だったらあるのかもしれないけど、わたしは人のこと羨ましいって全然思わないから、その子のことだけ羨ましくて、でもそんな感情抱いちゃいけないものだと知ってたし、そう思うこと自体申し訳なかったし、ほっとしたし、よかったなって思ったし、ああでもわたしはまだだめだって思ったり、色々ぐちゃぐちゃになってまた泣いた。「ああ、しあわせになってよかったね」とか、「しあわせになってください」と思って泣くとき、その涙にほんのわずか自分への憐憫が入っていて、でもそのほんのわずかくらいは、許してあげようかなって気持ちになる。


じぶんメモ:11がつ本まとめ

びっくりするくらい全然読まなかった。二冊当たって講談社様ありがとう!と思ってるし、
好きなものや会社のメルマガはとるものだなって思った。
アザゼルさんは書いたけど後半f/z原作ずっと読み返してた。
もっと後半は一切本が読めなくなった。
12/3までに8冊くらい読まなきゃいけないものがあって、挫折しそうでこわい。

20121201-00



鐘が鳴る、的な


わたし、しあわせなときって口に出してしあわせだなあって毎日言うし毎日ほっぺたつねるし自分が今しあわせなこと十分実感して生きるのにそれでもしあわせって絶対終わる。 雑にしたり当たり前になったりそういうの全然しないで毎日慈しんで丁寧になぞって触っていてもいつか終わる、すごくかなしい。 仕事のことだったら超絶ポジティブに前向きに考えられるし、人間自己啓発本レベルで人のこと励ましたりできると思うんだけど、自分のプライベートのことになったら、どうしても諸行無常が拭えない。諸行無常。だって見たもん関ヶ原で、あんなえらい戦場だったとこに人が穏やかに暮らしてたもん、だからわたしのしあわせだって、多分瞬きする間に終わる。

ばかだなあぼくの言葉は全部あれだ、全部すさまじいほどの愛にあふれていて、なんだかすごく気持ちが悪いな。

2012年11月30日金曜日

20121130-01

野生のリスが手に乗ってきてびっくりする、餌が欲しかったようで掌をくんくん嗅いでくるから猫の餌をあげてみたらガツガツ食べた。わたしとのツーショットをあの子は必要以上に写真におさめる、ほんの少しの期待を持って「なんでそんなに写真を撮るの?」って聞いたら「きみとはもう一緒にいれないからねー」って軽く言われて死にたくなった。お布団にくるまりながら泣いて、写真を見て泣いて、ごめんなさいって謝って、謝りながら、わたしがこうして泣いて謝ったらもしかしたら一緒にいてくれるんじゃないかって、1mm思ってまた死にたくなった。「でもわたし、君が幸せなのすごくうれしいの本当だよ、どうしてかというとこうこうこういう理由だよ」、口から出る言葉が全部事実で正しくてまた泣いた。本当のことしか言ってないのに、計算したいわけじゃないのに、自分を殺したはずなのに、どうしてもまだ1mm、自分のことだけ考えてる自分が残ってて、それがすごく気持ち悪かった。冷凍庫を空けたら空っぽのアイスのファミリー箱、「食べたんなら捨てなよ」って笑われて中をあけてみたらアイスが二個だけ残ってて、「だって君と食べようとおもってたから」ってわたしは言って、また、泣いた。


いつの間にか野生のリスはわたしよりかわいくない、あたらしい女の子の肩に乗っていた。




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「時間はおくすり」って歌あったけどあれ絶対嘘だ、もし本当だとしたらわたし一体どれくらいの用量必要よ。今すごく理不尽な理由でaikoをちょっと恨んでる。
100%きれいになれなくて、100%きたなくもなれない。どっちかになってしまえば楽なのに、1%だけわたしきたない。わたしの思いやりには名前がついていて流用ができない、だからすごくつめたい。多分わたしの感情のあらゆるものには対象者の名前が書いてある、だからわたしすごくつめたい。そんなもの、指でこすったらすぐとれるくらいのものなのに。




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朝起きたら、猫があらゆるものを、床に落としていて笑った。わざとコンタクトをつけないでぼやけたまんまで掃除した。しにたくなるあさおはよう、目覚ましをかけよう。



2012年11月29日木曜日

20121129-01


どこにも文章書けないの辛い、文章の体を成さないのもっと辛い。客観的評価がないと胸を張れないのも辛い、いろんなものが存在しないの辛い。




“ごめんなさい”には2種類ある、ごめんねって相手に伝えたいときと、相手に許しを得たいとき。後者だったとき、わたし笑うしかできなくてこまる。
きちんと対価を提示して依頼した仕事でない限り、相手に何かを変更するよう要求するのは間違いだと思うから、しない。いやなことや不快なことをされたら「やめて」というのはこれに当たらない、そうじゃなくて、もっと切実じゃなくて、でもわたしにとってはものすごく、切実な部分のはなし。言う権利もないし義務もないから、不適切にそれを口にしない。「義務はあるだろ」って言われることあるけど、わたしがないと思うから、多分、ない。それと折衷案は全く別だ。
わたしの気持ちのいろんなものに、全世界に発信できる程度の納得のいく根拠や理由を求められても、わたしそんなのこたえられない。虫がきらいなのも寝ても眠たいのも、猫がすきなのも触られたくないのも、全人類が納得できるような理由なんてわたしあげられない。理由がまっとうにあげられないならばその主張は間違いだって、思うぶんには思ってていいけど、もう根拠とか理由とかどうでもいいから「いや」なんだって、わかってくれないならダッシュで逃げたい。
呆れたときや落胆したとき、かなしくなったときに笑っちゃうのなんでだろう。あれすごく不思議。わたしだけじゃないと思ってる。



わたしはわたしを許せないけど、きみはわたしに許されたい。きみはわたしに似てるから、わたしはきみを許せない。




わたし、精神的に引きこもってこういうこと考えてるのがすごくすきだけど、ザ・おじさんみたいな人がまわりにいるから、バランスすごく保ててる。おじさんにはデリカシーがなく、下品だし下世話だしナイーブさなんて笑い飛ばして唾かけられるけど、「あー人間て、高尚でも下種でもなくただの人間だよなあ」って実感するからたまに話すと正気に戻る。うまいこと言葉が見つからないから全然言えてないんだけど、いわゆるすごく「恩義」があると思ってる(仁義なき戦い的な感じで)。それっていつか返したいし、返せなくてもこう思ってるよっていつかちゃんと言わなきゃだめで、そこらへん、「言えなくても思ってるよ一生」とかいう、甘えた考えが通用しないとちゃんとわたしが自覚してるあたり、すごく教育されたんだろう。
だれかに何かを相談したいなって思ったけど、色々考えていつも飲みこむ。何か具体的に相談しなくても、上記のザ・おじさんみたいに、話してるだけでほっとするひとがたくさんいるから、やっぱりわたしは幸せなんだろう。話してるだけでほっとするというか、思い浮かべるだけでほっとするの域の人がたくさんいて、わたし実際出不精だからそういう人たちに全然会いに行けてなかったりするんだけど、それはそれで、とてもひとりよがりに正しくしあわせで、よいものだと思います。










20121014-
生きながら腐るというが腐るというのはそういうことで、すなわち腐っていくということは生きているということだ。


20121029-
“わたしにはこれしかないのよ”が、ひどく傲慢に聞こえる時がある。きみが大義名分として掲げるそれは、ほかの人も等しく抱えるもので、きみだけに特別なものじゃない。「わたしは呼吸をしなきゃならないから忙しい」「わたしはごはんを食べなきゃいけないから大変」「わたしは排泄行為するから尊い」、そう言って他人を下に見るきみを下に見てるわたしも、多分なにかが間違っている。生きるのに必要なそれらのものを、選民思想のもとに掲げて振りかざすさまが、ぼくにはどうにも耐えがたい。でもこんなに君のこときらいなの、多分自分の嫌なところが、


20121101-
フルーツグラノーラを食べた。牛乳かけて食べた。


20120724-
わたしがいちばん大事なのは


20120730-
わたしは今もう厳かに、「来月から頑張ろう」っておもってるよ。


20120402-
人のことをいいなーとは思っても羨ましいとはおもわなくなった。選べない何もかも、選んできた何もかも、失敗したなってことはあっても今だれのこともうらやましくないからわたしたぶんすごく、しあわせなんだと思う。


20120124-
だれかやなにかに焦がれすぎて形骸化した挙句それが抽象的な存在になってしまうと、もともと焦がれていたそのものや人でさえもその憧れに追いつけなくなって、それに気付いたときに、ああもうこの焦燥感は埋まらないんだなぁと思って途方にくれることがある。現実社会のその対象に触れたとき・自分の思い描くその人とのギャップを感じた瞬間、その当人でさえもわたしの思うそれにはならないのだなぁと思うとすごく寂しくなる。さみしくなるけど、それを悟ってしまえば現実の相手に何かを求めすぎたりしなくなって、もう自分の中での概念の存在を追いかけるだけのさみしさしか感じなくなるから、でもそれがいいことなのかわるいことなのかよくわかんない。






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インターネット≠文章と現実はわたしの中では乖離していて、でも多分、そういうのあんまり理解されない。







他人のこと責めたそのフレーズを、一月前に自分に向けて吐いて自家中毒しており、ちょっと暗いおかしみを覚えましたね。




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こういうの本当に排泄行為だから、びっくりするほどすっきりしてるし、わたし今にせものみたいにポップかつカジュアルだよ。



2012年11月26日月曜日

20121126-01

こないだリアルな世界で人と話してて、たとえばツイッターとかブログってわたしアニメや本の感想や妄想しか書いてないけど、リアルなわたしの感情だとやぱり思われる方もいらっしゃるんだなと改めて気付いたので、もしかしたらいちいち(これはXXの感想です)って書いたほうがいいのかな?って思ったりもしたけどそれはそれで変な感じでねたばれるしいいわけみたいだしそういうことはしないんですが、だからやっぱり「わたしは嘘しかかきません」というスタンスで変わらずやっていこうかと思うので、今後ともよろしくお願いします。

2012年11月24日土曜日

20121124-02

君の運命は君のもの、最初から最後まで君のもの。ぼくの運命は君によって曲げられたけど、僕はついに君の運命を、変えることができなかった。冬がきて春がきて夏がきてそして秋で、どうしてそんな長い間ぼくは、君の胸のうちに気付けなかったのだろう。君にとっての表現は、全然楽になるためのものではなくて、じゃあすこしくらい悲しい顔を、ぼくの前でもしてほしかった。明るすぎる世界から逃れるために日陰で暮らしてこんな押入れの奥なんかにほんとうのことを吐露するならば、ぼくにブッ掛けてほしかった。「いつか君ならわかってくれるよ」って、そのいつかが君がいなくなってからのことだって、あのときすでに思っていたの。わたしばっかり救われた、わたしだってあなたのこと、助けてあげたかったのに。



あなたがわたしを生かしたんだから、責任持ってわたしと、一緒に生きてくれたらよかったのに。







彼が死んでも、彼女のハッピーエンドはありえるか。ありえる。
ありえるだろうけど、いまわたしにはそれが見えなくて、だから悲しいのもいまだけだ。


多分救いは誰にでもほんのすこしあって、蜘蛛の糸みたいに細く垂れていて、
それに気付くのと気付かないのと、気付いても掴みたくないのと、ただそれだけの違いだと思う。


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読むべき本が進まなくて、昔の本ばかり読み返してた。このひとてんさいだとおもうひとがたくさんいて、わたしの涙腺そこでしか開かなくて、ああ、と思う。
旧かなづかいには無条件に惹かれるし卑怯、でもそこ差し引いてもすばらしいし奇跡。





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いい子でいようと思ったら自分の自我が一番置き去りにされるべきで、そうしたら本当はどう思っててどうしたいのかって、全然わからなくなった。どうすべきかはすごくよくわかる、だからそれしか考えないようにするし、そうしたらわたしの考えは全て正解だし正しく善い子で、それで全部すとんとおさまる。 だけどなんかちょっとだけもう、ありえない嘘をついてほしいし、きれいごと重ねて騙してほしい。肉体含めた物質が、その対象になるのかってのも、わたしは最近疑わしくて、もうむしろ観念的なものでいいんじゃないかと思ってる。遠足の前日が一番好きで、そういうのって多分きっと、そういうことなんだと思う。



なにもしなくてもわたし多分、勝手に一人で傷付いたりするから、だから誰にも傷つけられたくない。でも本当はきっと、わたしを傷つけるべきなのは、わたし以外の他者であるべきだと思う。


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わたしの理想の女の子は、青鬼の袴を洗うような子で、つまりはそういうことだ。



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世界はわたしが救うから、わたしのことは君が救ってね。犯罪も、殺人も、戦争も、飢餓も失恋も、全部わたしが救うから、わたしのことを救ってね。たいそうなことしないでいいよ、手をつないでてくれるだけでいい、だから救われないわたしのことは、ちゃんと君が救っておいてね。










20121124-01

あらゆるものに期待したくない、楽観的観測なんてまるめてポイっと捨てちゃいたい。瀕死のレベルで常に緊急事態が発生してるから緊急避難もしまくりたいし”めんどくさい”こそ最も尊重されるべき、それこそ本能に従って自分のこと最大限に甘やかすべき、でないと死ぬ。
下り坂では足を踏ん張らないと死ぬ、重力に逆らわないと死ぬ、両足でしっかり傾斜に負けないぞって意思を持って足踏ん張らないと死ぬ。し、そもそも下り坂下ったらだめだ。
期待も楽観もせずに霞だけ食べて生きてたい、わたし多分きっと、アニメ見ないと死ぬ。





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海の近くにある図書館の本を読んでる。わたし最近、図書館が出てくるお話たくさん読んでる気がする。図書館すごく大好き、国会図書館に住みたい。昨日女性上位時代久々に見ようと思ってパッケージカパってあけたら中身が柚花ちゃんのサンプルDVDで、いろんな意味で「ファック!」と思った。これでわたしが女の子らしくある道は閉ざされた、この部屋のどこかに(多分違うパッケージに入って)中身があるはずだから、早くそれ見つけて見たい。



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必死で「そういうことしたら、わたしに、幼児虐待で生じる一生消えないトラウマ的なものが植えついて20年後にえらいことなるんだよ、世界に対する不信感て今根付いたら一生消えないよ」って泣いて訴えたんだけど聞いてもらえないし、ぬるっとするし、散々だった。でもそれで遅刻しそうになって、パンにバターを塗る暇もなくてただのトーストをかじったらすごくさくさくフワフワでおいしかったので、それだけはよかったなって思った。


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意志の力と運命があるとして、2:8くらいの割合のそれらのおかげなんだけど、何かに対する反応が違ったとしても、根本の受け取り方はおんなじなんだと思う。怖い。多分共感だけだと潰れるから、わかった上で対処したいけど、自分でも折り合いのつけかたがわからなくて、理想との距離を正確に測れちゃってすごくしんどい。石橋渡る前に叩き壊して「こんなところに橋はありませんでした」って言っちゃいたいし、不慮の事故で死ぬなら自分で上水に飛び込んだりしたいし、誰かに損なわれるくらいなら自分で半身削っていきたい。ただ絶賛半身削り中のときに、逆サイド嬉々として刈り取るの、それはマジで死ぬからやめて欲しい。
わたし世界のことあんまりすきじゃないし信じてないし期待してないから、積極的に鎖国をしたい。世界がわたしを甘やかしてくれないから、鎖国して、たくさん寝たりなまけたりしたい。
他者に期待をしないのと、ぜつぼうするのは、多分まったく別のことだ。


たぶん、「僕一人でがんばるよ、だから君はなんもしないでいいよ」って気持ちが、すごく強い。

2012年11月23日金曜日

20121123-01

自分の重みに潰れて死にそう、所謂圧死である、圧死。あっし。asshi。圧力がかかっての死、圧倒的な死、どちらの意味でもある圧死である。まあでも自分の重さで傾いでだれかを潰して殺すくらいなら一人大人しく圧死はありかな、と思う。わたし鼠好きだし。 鼠は自分の体積で死ぬ、それとおそろいになるなら、それもよいかなと思う。




どうしてもヘッドフォンの音かたっぽのみみからしかでなくって、いまちょこっと根元触ったらなおったから、わたし何ヶ月こんなことで悩んでたんだろうって思ったし、すごくおなかがすいてるのに全然おなかすかないからこれが数ヶ月続いたらやせるかな?って思ってる。誰にもいえない嫉妬や羨望は吐かずに溜めてもてあますことにする。
”べき論”はひとを不幸にしかしない、でももしそれが理想であるならば、わたしはその”べき”を捨てれない。お母さんは優しくあるべきだし、お父さんは頼もしくあるべきだ。戦争はなくなるべきで餓死や飢餓はなくなるべき、キャラメルクレープは至高であるべきだしあんこは控えめの甘さを保つべき、かわいい女の子は幸せになるべきだし、そしてわたしは、不幸であるべき。

いきてたらいいよ、なにしててもいいよ、っていわれたから、わたしはそれだけですごくしあわせだ。
いきてさえいたら、義務を全うしている気持ちになる。






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純粋な性善説に歪んだ性悪説は叶わない、叶わないから、わたしはぐっと口を噤む。そんな理論振りかざせば振りかざすほど、自分の言葉でますます自説への確信を深めたりする。




「君があの時僕に声かけてくれた、あれが僕の人生の転機だったんですよ」って告白は、多分気持ち悪く思われるだろうから気持ちをこめてはいえないんだけど、ほんとにそう思ってるから、すごくありがとうと思ってる。褒められるのすごくうれしいけど求められたこととかなかったから死ぬかと思ったし、今死んでる。転機といってもジョブズみたいにすごいもんつくったり、プリキュアみたいに変身したり、魔法少女になって因果律変えたりそういうこと多分できないし、僕が言う転機とはすごく地味な精神的な転機で、だから余計言うのが憚られるけど、今死んでる。大げさすぎて気持ち悪いけどすごくうれしかったからなんかこう、なにかで恩返しをしたりとか、たとえ気持ち悪がられても好きですって言ったりとか、ちゃんとしたほうがいいんだなっておもってる。





よい子は10時半に寝ますね。






2012年11月17日土曜日

20121117-02

あれ、


もしかしてこの世界でわたしひとりだけが才能ないのかも、枯渇しているのかも、あの子は歌がとてもうまくてあの子は絵がとてもうまい、あの子は植物を育てるのがうまくてあの子は魚を上手にとれる、あれ、あれ、



                       あれ?











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一週間で剥いだ他人の皮を、今日またつける。同化してしまうとどこからどこまでが「わたし」といっていいのかわからなくなる。指先は確かに彼女のもの、そうして肩口はわたしのもの。二の腕もわたし、肘はどうだろう?わたしの皮膚と彼女のそれは色が全く同じで、天才的なあの医者は継ぎ目も残さず上手に付けた。彼女の腕に流れる血はわたしの全身もくまなく巡り、彼女のものだった爪はわたしに同化してからも伸び続ける。どこからどこまでがにせもののわたしでどこからどこまでがほんもののわたしだ、そうしてそれを誰が判断する。




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賞味期限一週間過ぎた牛乳を、卵と溶いてよく焼いて食べた。いくら焼いても水分がじゅうじゅう出てくるそれにうんざりして、コショウをかけまわしフライパンから掬う。火が通っていれば大抵のものはきっとだいじょうぶ、だと信じているけどいま少しお腹が痛くて、これは果たして寒さのせいか、食べ過ぎたせいか、うんきっと寒いせいだろう、って思ってる。



いろんなことをかんがえすぎるのよくない、ばかになりたいというのはこう、ひどく放漫に聞こえるときがあるけど、じわじわ見えないギプスで形成された「ばかじゃない自分」に、逆間接決めるのはなかなかむつかしい。




 

20121117-01

何も知らない顔をして、君の傷口抉りたい。負傷してるの隠したい君のその矜持を尊重した上で、普段ならなんでもない部分そこをピンポイントで抉りたい。だらだら流れ出すへんな汁でわたしの指先がぬるっとする、だけども気付かず抉りたい。君がどのくらい頑丈か、確かめないと好きになれない。大丈夫? まだ平気よね? これでも、これでも、こうしても。 すぐ壊れてしまうような人は嫌い、でもわたしに傷つけられない人も好きじゃない。わたしに上手に傷つけられて、顔をゆがめて、それでもなんでもないよって笑って欲しい。




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人間は本当にそう思い込めば空だって飛べるって思ってるぼくは、だからいろいろだめなのかもしれない。自分に関しては全て精神論で、もちろん才能や環境もあるのだけどたいていのことは精神論で、だからわたしがだめなのは、わたしの精神が弱いせい。




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わたしきみのことだいすきだよーとか、だいじだよーとか、こんなにかんがえてるよーとか、そういうの多分、ちゃんと出さないと不義理なだけだなってわかってるというかわからされたのでいいかげん、わかれよ。






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12時までにお化粧してかんがえて1時におうち出る。
ごはん炊いてないけどクレープ冷凍庫に入ってるから適度に解凍して食べてね。

2012年11月16日金曜日

20121116-01

わたしの好意は君が思う以上に軽くしなやかだ、だからソフトテニスをやる要領で、ぽこんと打ち返してくれたらそれでいい。





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バイト先のライブハウスで可愛い女の子からメールが来たあのときのこと、ここ数日ずっと思い返してる。もうやだなああいうの、どうして頭でわかってるのにそうしちゃうんだろう、一度みっともなく転べばいいのに、大人になるとうまく転べない。







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携帯の下書きを見てるんだけど、あれこれもう書いたかな書いてないかな、ってわからなくなるな。文章に見覚えがあるのは当たり前なんだけど、わたし気付いたら同じこと何度も言っていてはずかしくなる。自分は何でこんなに記憶力がないのだろうと思う、記憶力というか、いろんなことをすぐ忘れる。高校のとき何組だったかおぼえてないし、大学のときの友達のフルネームももう忘れた。でも幼稚園のとき、隣の男の子がわたしの画用紙に、おうどいろのクレヨンでラクガキをしてすごく怒ったのはおぼえてる。







冬大好きだけどお部屋の中はあったかくてもいいから、わたしのおへやの壁たち、もっとがんばってください。そこで「そうだそうだ~」って囃しているドアと窓、君らもですよ。



2012年11月13日火曜日

20121113-01

君の言うことはいちいちもっともだ、君は誰よりも彼のことを知っているね? 幼稚園のお遊戯会、小学校の運動会、中学の彼も高校の彼も、君は多分一番近くで見ていたのだろう。間違いない、僕が保障しよう、彼のことをだれよりも理解し、知っているのは君だ。でも残念なことに、君の事を誰よりも理解しているのは彼じゃなく、君の事を誰よりも理解したいと思っているのも、彼じゃないんだよ。



君が「なんでわたしじゃダメなの」って呟く度に「じゃあなんで君は僕じゃダメなの」って思う。でもそんなこと、僕は脳裏に浮かべるべきじゃないんだ。とても可哀想だな、と僕は思う。運命のこいびと、必然のこいびと、最適な、こいびと。運命が一方通行だなんて、大人になるまで知らなかった。「わたしの運命」が一方通行である全てのひと、例えば君や、彼や、そして僕のことを、僕はとても愛おしく、そうしてとても可哀想に思う。
誰かのことを大切にしたいという気持ちと、幸せにしたいという気持ちと、幸せになりたいという気持ち。それらが相反するものになるなんて、そんな世界僕は知らなかったから。




僕が悲しいくらい君のことしか好きじゃないように、同じように君も彼のことが好きなんだろう。だから振り向いて欲しいとか、あきらめて欲しいとか、いいから僕にしときなよとか、口が裂けてもいえないんだ。ただただ陳腐に、報われない恋愛というものは、なんとかなしいものだろうと思うんだ、僕自身のことも含めてね。







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いつまでもこない来月や、いつまでもこない来週がすき。「またね」の約束が、いつまでもこないのがすごくすき。遠足の前の日がわたし一番好きだから、君との約束もずっと、果たされなければいいなと思う。わたしが君との「いつか」を考えながら幸せに暮らしている間に、君は現実をきちんと歩いて、誰かと出会って手をつないで一緒に暮らして幸せに死んで、そういうのがすごく、いいなと思う。



でもわたしのそういううそを、いつか誰かに見破って欲しいとも、心のどこかで期待している。




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三岳と真鶴飲んだんですけどすごくおいしかったです。寒くなってきたからお湯割がおいしい。でも焼酎は、すごく、カロリーを摂っている気持ちになる。米や芋や麦を、どしんと食べているきもちになる。すごくおいしい。おいしいけど、おなかいっぱいになりますね。
フラリと一人でいける飲み屋さんがあるってすごくしあわせだな、都会ってすごいなって思う。新規開拓とかじゃなくて、昔からの知り合いがやっているってところもまたすごい。どうでもいいけど僕は今日、22時に寝ようと思ったんですよね。おやすみなさい。

2012年11月10日土曜日

20121110-02

あの子を一番必要としているのはわたし、だからあの子はわたしに所有されるべき。


例えばここが法廷で、神様がいて、裁判官がいて、陪審員がいて、もしもそうなら多分全員、わたしの主張を支持するだろう。68円のセール食パンはお腹を空かせた餓鬼に与えられるべきものであり、一口舐めて吐き出すような飽満の民に渡るべきものではない。切実度で計れば全員の支持を得られるその決断を、どうしてあの子はしてくれないの。わたしが鬼だから、わたしに食べられるのがいやだから、それともこれは考えたくないけれど、もしかして彼女を好きだから?
おなかが空いたから目の前のごはんを食べた。転んだときに差し伸べられたからその手を握った。全部自分のためにしたことだけど、でなければわたしどうすればよかったの。飢えて死ねばよかった、泥に沈めばよかった、そうしたらわたし以外の何かはきっと救われた。だったらわたしははじめから、そうして死ぬ運命だったの。生きることを浅ましいと、醜いと、あなたは残酷だと責めるあなたのその言葉は、わたしにとってはひどく凶器だよ、それあ果たして残酷じゃあ、ないの。





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花火を見て綺麗だねって言えない、人が死んで泣けない。大傑作に感動できない、君に共感できない。多数は正義でそうでなければ悪だ。戦前の教育勅語に顔をしかめる現職教師のように、きっとわたしが感動できないものは、そういうものだと納得する。だからってわたしが救われる、遠いどこかにいきたいとは思わない、ただ自分をなぐさめたいだけだ。わたしはおかしいわけじゃなく、ただ理解ができないだけだ。「理解されない」というのはひどく選民思想が満たされる気がするけど、今わたしが悩んでいるのは「理解が出来ない」ということだ。これはただただひどくさみしく、自分が欠陥になった気がする。一番さみしいのはわからないことじゃなく、君の意見に微笑めなくて、うなずけないということだよ。それはつまり、きみの特別になれないということだ。




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今日はわたし図書館いく。早く年末にならないかなってここ最近ずっと思ってる。まだ思い出が何もない場所に行きたい、一人で、誰かとの思い出を抱えていった場所は、きっとずっとわたしにやさしい。




かみのけかわかそうね。


20121110-01

わたしがコッソリしてること、全部あなたにバレていればいいのに。





そういう意味じゃなくこういう意味で、「お前そんなことしている暇があるのか」と思うので、いろんなしたいこと・をしないでいる。ここ最近はずっと手軽な大きさのポーチを探している、気になるもの気になるものすべて完売でゲンナリする。脱出ゲームにいきたいなと思うたび友達がほしいなと思う、脱出ゲーム用友達をドラえもんにねだりたい、いやドラちゃんがいたら一緒に行けばいいのか、どちらにせよ僕にはドラちゃんはいないのだ。




憚るほどの人目はもうないのだからいいんじゃない、って思う。
小学一年の授業参観日で培われた下らないプライドが、歪んですくすく成長して、そろそろポロリと根元から捥げないかなって思ってる。捥げるか、剥ぐか、崩すかしたい。要するに、取っ払いたいということですね。









読んでいる小説の、『くろかわさくらは死にました.doc』というファイル名がすばらしすぎてしびれている。『くろかわさくらは死にました.doc』。今作ったら『くろかわさくらは死にました.docx』になるのだろうか、そう考えるとひどくつまらない感じがする。





いっそのこと背中からぐさりとしたいのにできない、から、だれかコッソリわたしの足元に、小石を置いてくれないか。ともすれば転んで、って、そこすら「誰か」に頼る時点で、わたしはきっと間違っている。

2012年11月7日水曜日

20121107-01

普段からおそうじをしていないツケをこういうときにはらわされるハメになる。吐くならば綺麗な、舐められるくらい綺麗な便器でなければならなくて、だからわたしは意識の力で吐き気を抑え込み一心不乱に便器を磨く。たべたばかりのものが喉を逆流するときに一瞬「あ、おいしい」と思うのがおかしくて一人で笑おうとしたけど、歪んだだけでうまく笑顔にならなかった。わたしが麺類や汁物がすきなのはもしかしたらこのせいか、とも思ったけど、多分こうして吐くのは数年ぶりで、それが逆に、まるであからさまに何かを訴えているようですごく恥ずかしくなる。






わたしが日頃唱えている呪文、最大の賛辞かつ呪詛のナイフのようなそれが、わたしの最後に残った矜持だと、さっき気付いてしまって立っていられない。気付いたからには言葉にしたいけど、言葉にしたら多分もう息が出来ない。











だれかを敵と感じることはなくても味方と感じることもなくて、だったらひどく心細いなと思ったけど、同調したり共感したり融合したりしたい人なんてとっくの昔に掻き消えたから、だから多分わたしはわたしが自覚する多分もうずっと前からそうで、その事実にいまさら気付いたからといってなんにもならないけど、慰めにはなる  かもしれない。











気力がなくなったら死ぬ、んだったらいいのになって心底思うけど実際は死んだように生きるだけであるから、僕の人生は全然、ドラマチックじゃないなと思う。




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最近自分の文章の、句読点の多さに驚くけど、多分息切れしてるのだと思う。
肺活量がほしいなあ、腹式呼吸を毎日しよう。

2012年11月6日火曜日

20121106-01

交換日記というものを、小学生のときにしていた。中学はどうだったかな、覚えてない。高校に入って、知らない中学の人や先輩と混じって、一人で暮らしてわたしはわたしで色々大変で、クラスがたくさんあって同級生なのに知らない人がいて、多分みんなこころぼそかったから、交換日記というものを再開した。上京して大学生になってますますこころぼそかったから、サンリオで可愛いノートを買って交換日記を続けた。そしていま交換日記ができないくらい離れたから、文通をしている。


彼女は手紙の最後に、メールアドレスと電話番号を書いてくれた。でもわたしはメールも電話もしないで、手紙で返すことにした。80円切手を貼って投函する直前、「80円」、と思った。メールは一通いくらだろう、僕らはそれよりはるかにお金をかけ、時間をかけ、手紙を出す。コピーペーストもctrl+zもきかないから不便、だけど手紙を書いて出した。人のために、というか、人に宛てて文章を書くのは酷く久しぶりで、このブログみたいに、何を書いてるか、書いてるうちに自分でも迷子になる。





一番だれにもいえなかったことを、15文字くらいでさらりと書いた。
手紙になにがかいてあっても、ポストに落ちる音はひどく軽い。





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いま宅急便まってるから、いまっていうか、この2時間椅子の上で体育座りして待ってるから手がかじかんできた。おふろはいりたい。はやくきて。
宅急便がくるまでは21時前なのです、前であってほしいのです。今日は0時前に寝たい。



これが非常にのみたいです。

2012年11月2日金曜日

20121102-01

泣けないわたしのために泣ける映画を用意して。





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美容室の鏡は地獄だ。隣に映る、わたしの髪を切るお姉さんはとても可愛くて、余計に惨めな気持ちになる。ふと、今わたしが風俗の面接にいったらどうなるだろうって妄想する。多分年下の男の子に面接されて、受かったとしても年下の可愛くて上手な女の子たちに押されて、いや多分受かりもしないんだろうなって考えて苦しくなる。若くて女であれば値段はつくはつくけど、若くなくなったら値段がつかなくなる、そこでつく値段が自分にとって価値があるのかないのかはまた別の問題だけど、手っ取り早く自己満足できる方法、わたしはどこかの誰かにとって有用だということを裏付ける方法、それがひとつ失われて、ひどく心細い気持ちになる。




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あいたいひとがいたとして、でも人に会うためには、たいていは相手の了解を得なければならなくて、だから結果、わたしは誰とも会えない。あいたいひとがいるけども、うまく笑ったり話したりする自信がなくて、だからわたしは誰とも会わない。マスクをしてるのをいいことに、電車の中で一人で笑う練習をしたけど、どうしてもひきつってしょうがなかった。小説に出てくる生意気な男の子が、自分が人にどう見られるか熟知した上で、自由自在に自分の笑顔を操っているのを見て、思わず真似をしたくなった結果のそれが見事に失敗して、ああ君はすごい、さすが小説の登場人物になるほどのひとだ、と一人で嘆息した。





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世の中は情報化社会だから、知りたいことはそれなりに知ることができる。何でも知るのは難しいけど、君が思っている以上には、わたしいろいろ知っている。 と数日前まで思っていたけど、気付いたら知ってることも知らないことも、知ろうとしなくても目の前に突きつけられてグリグリ顔に押し付けられていた。わたしが考える「最悪の結末」は、悲しいことにたいてい当たっている。落ちたらどうしようと思いながら階段を上がっていって、案の定足を滑らせ頭を打ち意識がなくなるその瞬間、「わかってた、もしかしたらこうなるんじゃないかなって予想してた、 だから平気、心の準備は出来ている」って自分を慰めることが、一体どれくらいの慰めになるのか自分でも疑心暗鬼だったけど、わたしが考える「最悪の結末」はたいてい当たっているし、それはわたしの慰めに、確かに、なった。
わたしにとっての最悪の結末は、だれかにとっての最高の結末だ。だからなにもかも悲しくないし、苦しくないし、しんどくないし、つらくない。正当な理由がなくては悲しい気持ちになれないし、正当な理由がなくては辛いと思ってもいけない。客観的に見てその事実が、100人が100人とも同情できる事案でなければ、わたしは哀れまれてはいけない。だからわたしは自分のことで泣けない、すごくつまらないにんげんになったな、と自分で思う。











全てのことを客観視できたとして、正解も不正解も解決法もわかったとして、それが実行に移せない自分のことまでわかったら、いったいどうしたらいいかな。
せめて自分のテンションや表情筋を、自由にコントロールできたらいいのに。




お風呂に入ってきます。










 

2012年11月1日木曜日

じぶんメモ:10がつ本まとめ

なによんだかぜんぜんおぼえてない。重い本いっさつもよまなかった。

読んだのに登録してないのあったから追加した。11/3

20121101-01

すきなひとのすきなひとがわたしよりも(勝手に)    と思ってしまって溜飲を下げている。クズである。コンビニで売っているお水を見るたびに、そして思わず手に取りレジへ運んでしまうたびにまけたきもちになる。おなかが非常にくるしい、




ねむたい、おやすみなさい。

2012年10月30日火曜日

20121030-01

みんながすきだというものを好きになれない、みんながすばらしいというもので泣けない、わたしは欠陥品かもしれない。みんながいいというものが万人にとっていいものだとは限らないってわかってるけど、すきなひとたちが好きだというものをすきになれないのは、大層寂しいものだ。









おなかがくるしい、がんばってねる、
わたしが、

2012年10月10日水曜日

20121010-02

敵はカボチャだ、これは比喩ではない。 繰り返す、敵は、カボチャだ。


小学校の図工室にあったような糸鋸やドリル、銀色の鉄の机、何に使うのかよく分からないそれらの機械が半透明のゴミ袋に埋もれている。黄色のPPバンドや透明なビニール、よくわからない梱包資材でゴミ袋はぱんぱんに膨れているから視界が悪い。ところどころにポツリと置いてある南瓜には顔がついていて、廃墟のような工場をまるでハロウィン風に飾りつけたみたいだ。小さく転がっているそれはただの南瓜だ、だけれどもどこかで見たことがある。そもそもわたしはなぜこんなところにいて、何かから必死に逃げているのだろう? 昼間の間に逃げるか勝つかしないと”危ない”はず、わたしは何で今この工場を必死に探索しているのだろう? それにしてもあの南瓜たちにひどく既視感を覚えるのはなんでだろう? ああそんなことを考えている場合じゃなくて、思い出した、わたしはさっきまで、包丁を持ったひとたちに追いかけられていたんだ、日が昇ってその人達がいなくなって、だからわたしは昼間の間になにかしなきゃいけないんだった。それにしてもあの人達わけがわからなかったな、黒いスーツの殺し屋なんて小説みたいだ、顔がカボチャだから表情が読み取れなくてそれが逆にこわかったんだよな、それにしてもここそこに転がっている南瓜、最近どこかで見たような気がするな。




奇妙な一致に気付いたら、「ゲームオーバーですよ」と言われた。”あれ”と”これ”が同じだということ、気付いてしまうともう遅いらしい。気付かないまま、例えば鬱憤を晴らすように、”これ”を衝動的に破壊していればわたしの勝ちだったようだ。でもわたしは今もう気付いてしまったから、今からこれを壊してみても何の意味もないらしい。そのうち日が沈み夜になる、そうしたらわたし、今度こそ逃げられない。






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上の前歯二本、右側のそれが、ぐらぐらしてぽきっと折れるように抜ける。鉄の芯を残してポロリと取れる、でも上手にはまらないから、わたしは今日の午後の予定を全てキャンセルしてマスクをしておうちにかえる。「ごめんね歯が抜けたから」って理由のドタキャンは、同情してくれる人と何を馬鹿なことを言っているのと怒る人とが半々だ。今日はもう歯医者さんはやっていないから、明日朝一で行かなければならない、今日はこのお花見会場から、新幹線に乗って花火大会を見に行く予定だったのに。わたしの舌は無意識に、抜けてしまった部分をなぞる。気になって左側の歯もベロベロしてしまうので、そっちまでグラついてきてしまってあわてて自制するんだけど、ああ多分これも時間の問題だな、どうせならポロっと取ってしまって、歯医者さんで付け直してもらったほうがいいんじゃないかなってぼおっと思う。

抜けた歯は手に持っていられないから口に入れておく、飲み込んでしまいそうで喋るのに苦労する。






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「はがぬけるゆめを見ると肉親が死ぬ」という迷信が本当だとしたら、わたしの肉親はいくらいても足りない。それくらい頻繁に歯が抜ける夢を見る。
わたしの夢には夢占いが入る余地がなくて、つまらない。






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本当のことをいうと、おさけそんなにすきじゃないんだけど、おいしそうなものをみるとまねっこしたくなる。今日、赤ワインと白ワインとおいしそうなジュース(オレンジとかミックスベリーとか秋限定の濃そうなジュースとか、そういうもの)とミックスベリーのジャムとを混ぜてサングリアもどき作った。おさけは、のみたいじきとのみたくない時期があって、いまはどっちでもない時期なんだけど、思い立ったのでスーパーでいろんなものを買ってきて混ぜた。液体ばかし買ったのですごく重かった。おいしい。




絵でも運動競技でも勉強でもなんでも、もしも理想を目指すために上達するのだとしたら、 わたしの料理の才能はこれ以上伸びないと思う、塩胡椒だけの味付けが一番おいしいと思ってしまう。
最近もやしがすごくおいしいのでいつも食べてるのだけど、この夏、もやしを液体にしてしまったから、もやしを買うたび覚悟を試されている気分になって、緊張する。




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わたしにできるのは拡張で、創作ではないなってこと、あんまり認めたくない。



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今月誕生日を迎えるすきなひとがいるけど、何日だったか忘れてしまった。誕生日は、自分のもひとのものも、あんまり重要だと思ったことないからすぐ忘れる。その人には去年も「誕生日何日だっけ」って聞いたから今年は聞けない。多分X日だろうなってのはあるけど自信ない。20日くらいだったとおもう、おめでとうございます。






わたし絵も文章もへただけど、絵は(部屋の照明が)明るくないとかけない、文章は暗くしないとかけない、ふしぎだなと思って、二杯目のサングリアをおかわりに参ります。












201210010-01

わたしは今日もひっそりと絶望した、ひたひたするしにたみの上でぼおっとテレビを見る。テレビを見るのと本を読むの、ゲームをするのとパソコン見るの、どれかひとつだけだと手持ち無沙汰でたまらない。今日はパン食しか食べていないのに前髪にごはんが一粒ついていて、鏡の前ですこし驚く。





今日ははやくねようとおもったのにもうこんな時間になった、今日のおべんとうがすごくおいしくてわたし一日しあわせなきもちだった。ともだちがいるからたのしいって言うおんなのこがすごくかわいいしうらやましいしかわいい、丁寧にコップのふちをなぞるように暮らすおんなのこがいとおしい。
ひとのこと羨ましいって思わないって決めたのに掠った人のことだけ羨ましくなる。大金持ちも、美人も、社長もパイロットも、みんなみんな羨ましくなんてないのに、触れる範囲の人のことだけ羨ましくなる。ずるい、うらやましい、って思った一秒後に「ずるいってなにそればかじゃないのなんて自分勝手」って思うからすぐに殺される、生まれては殺されてばかりなので死体が澱のように淀んで溜まる。

理由がないと、人と一緒にいれなくなった。理由がないと、人と会えなくなった。だからわたしは仕事がすきだったんだと思う、でもそれも過去形になりつつあって、わたしのこの考え方は、例えばときに便利だけれど、無機で割り切れない人間関係や、そういうものに対しては、酷く弱い。
「どうせいつか死ぬんだから」はすごく便利、無駄遣いや浪費をしなくなる、いろんなことに諦めがつく。わたしはきっと副作用を十分わかった上でこれを使ってる、どっちが辛いかは人それぞれで、わたしは多分こっちを選んだ。





さみしいからって人に会いたくなるのはもうやめようって思って、それをきっぱりやめてしまったら、さみしいってどういうことか、ぜんぜんわからなくなった。
さみしいっていうのは酷いことだ、それを理由にした僕はひどい人だ、だから僕はもう二度と、さみしいと感じてはいけないし、さみしいを原動力に動いてはいけないのだ。



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「すきになるべきもの」にかこまれてたらなにがすきだったのかわかんなくなった。





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最近ついてまわるこれからもう一生開放されることはないし、ますますつよくなるばかりだ。どうやって折り合いを付けようか。カウントダウンは終了してしまって、ちいさなころからカチカチ音は聞いていたけど、終了したからって何も変わらなくて、どうせだったら時限爆弾みたいに爆発してくれたらよかったのにな、って思う。




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冷凍庫に常備してあったはずのチョコレートが、数ヶ月前から姿を消した。ねむたい。キャラメルクレープは殺人的にあまい。ねむたい。マシュマロはゼリーが入ったものがいっとうおいしい。ねむたい。なんであれ、100均でしかみないんだろう?ねむたいな。



みなきゃいけないものしなきゃいけないことみたほうがいいものしたほうがいいことたくさんあるけどほんとうにそうだろうか。使わない資格たくさんとって喜んでるばかなひとみたいだ。





ねむたい。






2012年10月7日日曜日

20121007-01

起き上がりたいけど起き上がれないこがねむしみたいだな、と思う。

僕の願望は僕の手に余る。やりたいこともないのにひり出そうとするから粘膜が痛むのだ、かたちのない夢など空虚な害悪だ。自分の矛盾をぼくら慈しんできたけれど、おとなになって、折り合いがついて凪になる、生き易いはずなのにちっとも楽にならないので僕は途方にくれている。




例えば僕の畑には、キャベツと胡瓜、茄子とトマト、そして伸びすぎたアスパラがある。ささやかなビニールハウスには、形が悪く量も少なく、人様にはあげられない、でも自分で食べるには十分な野菜が何種類かある。生計を立てるため畑を耕す、昔話みたいに鋤と鍬なんかは使わないが、トラクターでだって十分風情がある。僕は生まれてずっとこの景色の中で暮らしているのに、だのに毎日泣きそうになる。ここの冬は長いと人は言うけど、ぼくにとってはあっという間だから、冬は毎日防寒着を着て舌の上にチョコレートを乗せ、一番大きな車庫に入る。車庫まで歩く間に空を見上げると本当に空気が澄んでいて、頬がぴりぴりするのも、舌に乗せたチョコレートが全く溶けないのもなにもかもが愛おしいと感じる。ああ今日も一日終わった、ああそしてすぐに明日が来る。人はよく、なくしてしまってから大事なものに気付くというが、僕はそれが当たり前のように傍にあるときから、それの大切さに気付いていた。だから毎日時間が過ぎるのも悲しくて、それがそこにある当然がありがたくて、泣いた。後から気付くのと、常に気付いているのと、どちらが幸せだろう。僕にとっては生まれたときからそれはずっと、カウントダウンのようだった。



ぼくはあと数年でこれをなくすだろう、愛おしいこれらを捨てて出て行くだろう、そういうことがわかっていたから、もしかしたらずっとそう思っていたのかもしれない。愛おしいものや愛おしいひとたち、それらにうずまって暮らせないのは、愛おしいとか愛おしくないとか、そういう話じゃない。







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例えば左手首から肘上にかけて自傷の跡がびっしり残る女の子に対しても、採血する際の決まり文句である「採血で気分が悪くなったことはないですか?」と言 う、この瞬間に私はわずかなおかしみを感じる。その女の子が恐ろしそうに針から目を逸らすのも、かといって興味深そうに血管をのぞき込むのも、そのどちらにもおかしみを感じる。でもこのおかしみは言葉にして説明するととたんにつまらなくなるし、おもしろいと感じてはいけないことかもしれないとも思うし、むつか しい。心に浮かんだツッコミの言葉はそのまま飲み込みニッコリ笑ってさっさと採血。おかしみというかをかしというか、とにかく、ひとりでおかしみを感じる。

彼女の血はどろどろしていて、黒かった。




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どろぼうがわたしの家の敷地に入ってきて、車を盗む夢を見た。「ここはわたしの土地だから、あなたに入る権利はないです」と、緊張しながら口にした。階段の踊り場の小さな窓、顔さえ出せない大きさのそこから必死で叫んだ。ほんとうはここはわたしの土地じゃないって知っていたから、そのセリフを口にするとき震えたし、こっそり持ち主を盗み見た。でも彼は何も言わなかったから、ああ、許された、ここにいていいのだ、とまた震えた。






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世の中で「才能」と呼ばれるものは、すべて「想像力」ではないのかとふと思った。
ゼロから1を生み出す人と、1を100にする人がいて、僕ができるのは後者だ。そのことに気付いたのは多分結構はやい、認められるしお金にもなるかもしれない、でもこの自分に対する敗北感や絶望は、死ぬまでついてまわると思う。













2012年10月6日土曜日

20121006-01

戦国鍋TVの話を一瞬します。


いま島原で乱れ隊を繰り返し繰り返しみてるのですが、エキサイト翻訳ぽい歌詞でものすごくすきです。「精神的に~精神的に~」って!「精神的に~精神的に~」って!基本的に戦国鍋テレビの曲ってけーぽっぷぽいやつ以外好きなんだけど、今これがものすごく好きです。あとずっと気になりつつまだググってないんだけど、天草四郎てアゴのライン変えたの?!ちょう気になるんですけど。あとずっと前から思ってたんですけど、このひと、あの、向かって右の人いるじゃないですか、この人わたし多分ものすごくすきなんだけど、好青年ぽく見えてめちゃくちゃ浮気しそうだから好きになったら辛そうだな~でもものすごく(顔が、とかじゃなくて、なんといったら言いかわからないんだけど全体が)好みだなって思いながらずっと見てます。島原で乱れ隊じゃなくて大石倉之助とか商人のときのほうが好きだけど、なんか見るたびに、「リアルなかんじで好みだけど絶対すきになったら苦労するな」って毎回思います。あんまり三次元の男の人に興味がないので異性として好きな芸能人とかあんまりいないんだけど、この人見てるとへんな気持ち(前述)になるので、全然身に覚えがないけど、もしかしたら僕は過去にこの人に似た人を好きになって浮気でもされたトラウマがあるんじゃ、って思ってしまうほどです。

純粋にかおがかっこいいな!っておもうひとは、テレアポみたいなやつのときの黒田のひととか、伊達ママとかいっぱいいます。でも多分もしクラスにみんながいたらと考えたら好きになるのは前述の彼か、うつけバーの常連の彼です。


あと最後にひとつ言わせてください、ミスターのお手つきジャンピンて狂ってませんか(褒めてます)。「お手つき」とかを生々しい言葉や絵面で想像するわたしがわるいんですか、いやでも(パロ元を思い浮かべたりして)裏側の暗黒面とかを思わず考えてしまいます。プリーズお手つきですよ、かなり狂ってると思います(褒めてます)。







オードリーANNの話を一瞬します。


多分、「お金がなくても愛さえあれば」って言う女の子は、3畳共同トイレ/風呂なしの暮らしをしたことないだろうししてる彼氏と付き合ったことないだろうし、生活のために借金してたり督促がたくさんきたり差し押さえにおびえたりガスも電気も冷たい水さえ止まってしまってまっくらな部屋で真冬にぶるぶる震えていたりしたことないんじゃないかなあという偏見をわたしは抱いている。





戦国鍋の話があんまり一瞬じゃなかったのでANNの話を一瞬にしたら、オードリーのオの字も出てきませんでしたね。









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青いシャープペンシルの芯を買った。憧れであったので、とてもうれしい。





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先日生クリームとキャラメルソースだけのクレープを食べて以来、ずっと好きでたまらない。それをメニューで出してるお店ってほとんどないんだけど、頼むと作ってくれるところがたくさんあることがわかった。クレープの皮って、パリパリのとふんわりのがあるけど、わたしはふんわりのが好きだ。ひとつ好きなクレープ屋さんを見つけたんだけど、メニューにないものを頼むと(しかも結構な頻度で)顔を覚えられるのではないかというストッパーがかかり、なんとか暴食をしないでいます。






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いろいろ書きたいことがあったけど、わすれてしまったので、日記らしい日記だけでおしまいにする。おわり。













2012年10月2日火曜日

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小野不由美先生はじめてよんだけどものっすごくおもしろかったです!
7巻よんでるときのわたしはこんなかんじでしたよ。
つぎはねぇしきと十二国記よむよ、でもそのまえに犬をさがして折れた竜骨をつぐよ。

2012年10月1日月曜日

20121001-01

わやだなとおもうことたまにある、でもわたしすきなひとしかみてないし、すきなひとばかりだし、ねこはめんこいし、しあわせだな、と、おもう。わたしは、わたしはね、「わたしもうしらないよ」っていうのを、なんともなしにいいたい。おはよう、こんにちは、こんばんは、おやすみ、わたししーらない。






最近おふろはいってあがったら何時間もたってて、こまる。
チャっとおふろはいって、チャっとかみのけかわかして、チャっとねよう。

最近またおとうふチンがものすごくおいしい。
チンしてめんつゆかけるだけ。すごくおいしい。
めんつゆじゃなくても、チゲにいれても、スープにいれても、おみそしるにいれても、なにに入れてもおとうふおいしい、すごい。
多分ラーメンにいれてもおいしいとおもうよ?





おふろチャっとはいってきます。







 

じぶんメモ:9がつ本まとめ

今月も重いの読まなかった。第五番くらいな気がする。
最近人が無残に殺されたり、法律の理不尽さに泣いたりするお話よんでない。つかれているのかな。

なんでか、暗くて重いもの読んでないと、怠けている気分になる。
わたしの考える暗くて重いものっていったいなんだろうなあ。
人が、ただ死ぬんじゃなくて、すごく後味悪い感じで死んだり、誰も救われなかったり、何も裁けなかったり、そういうの。でも実話は絶対いやだ。


マルドゥックシリーズ読み終えて、小野さんよみはじめた。
十二国記の完全版ニュース発表されたときに、みんなざわざわしていてずっときになっていたのだけど、なかなか手が出せなかったから、ゴーストハントよみはじめられてすごくよかった。おもしろい。しきはアニメのイメージだけどアニメもすごくおもしろかったから原作もたのしみ。こわいんだべかな。
ツイッターでフォローしている人が面白そうな本読んでいたり感想言っていたりするのすごくたのしい。





叙述のものすごーいやつずっと探してる、よみたい。





2012年9月30日日曜日

ヘドウィグ感想

ヘドウィグアンドアングリーインチ舞台見てきた。



原作がすごい好きで、森山未來もだいすきなので、ツアーファイナルすごくたのしみにしてた。舞台自体見るのすごく久々で、ミュージカル的なものも久々で、だからなのかもしれないけどいろいろもんやりした。
千秋楽明日だけど、ネタバレになるので、アレなひとは注意してください。
もんやりした感想ばかりです。


2012年9月25日火曜日

20120925-01

幸せになるための/幸せでいつづけるための「努力」は必ず必要で、もちろんそれを努力と認識せずに続けられている人も多数なんだけれども、僕にはそれは相当な労力で、だから今幸せでいる人を羨ましいと思ったことはないし、妬んだこともない。小さい頃から相当な練習を積みオリンピックに出て金メダルとった選手に対しての感情とおなじ、「すごいな」「よかったね」とはおもうけど、「ずるーい」とか、「わたしもそこになりかわってやりたい」とかは思わない。それを手に入れるために、どれだけ普段の努力をしてきて/していて/していくか、なんとなくわかるからだ。






幸せになるための努力をせず怠惰な暮らしを食んでいるけどこれを持続するための努力は一応しているし現状幸せ、幸せじゃないけどわたし幸せ、ああ幸せとは一体なんぞや。


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あの人のことはすきだけど、それは多分、あの人が年上で頭もよくて尊敬できるから。だから多分、あの人がもし崩れてしまったら、最初はそりゃあ愛おしいと思うかも知れないけど、あの人の背負ってきたもの尊敬する部分その重みが全部ずっしりとわたしにのしかかってきたとき、わたしは支える自信がない。だからわたしは、あの人の手を握れない。
庇護だけされたいただ好きなだけでいたい支えられたい守られたい。こんなのまるで親がほしいみたいではないかとふと思ったが、子供だって親を支えているし守っている、つまりは「こどもみたい」ともいえない、ものすごくちっぽけでつまらぬ感情だ。


それでも都合のいい部分だけ好きにはもうなれなくなった、わたしもいっとうおとなになった。








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今日はわたし20時に寝ると決めたのですよ、でももう21時なので、21時半には寝ようと思うのです。









2012年9月23日日曜日

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すきなひとと、好き合っている同士でなければできないことがしたいわけではないから、わたしは好きな人に好かれてなくても、べつになんとも思わない。

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コンビニエンスで298円くらいで売られてるハーゲンダッツクレープグラッセショコラフランボワーズが、スーパーで198円で売られているので、ああ、スーパー様!って気持ちになった。高くておいしいアイスをみると、おかあさんにたべさせたくなる。パルム抹茶はたべたけど、わたしはやっぱりオレンジパルムのほうがすきだった。抹茶味は「パルム抹茶」だし、オレンジ味は「オレンジパルム」ってかんじする、不思議。



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次の約束はしないけど、駅まで送ってくれる程度のやさしさを持った人、





次の約束するのがすごくきらいですごくにがて、「またね」で全部すましちゃいたい。








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今日たくさんねた、間違って冷房24度にしちゃったみたいなお部屋の中でたくさんねた、のどがいたくなって、またさらに錯覚に陥った。徒歩五分の死ぬほど遠いスーパーマーケットで198円のアイスを買ったら、必要なものを買い忘れた。積読本が一時的になくなりわたしの明日の通勤に危機がせまる。

ねこがニャーニャーないているとき、ほんとは何を言ってるかわかることのが多い。何をいってるのかわかるけど、「それはだめだよきけないねがいだなぁ」という意味であえてしらんぷりすること多い。ひとりでできるのに手伝ってーっていうことや、入っちゃいけない押入れが開かなくてあけてーっていってたり、そういうときにニャーニャーなく。一人でおといれできないときにもなく。心を鬼にして知らん振りしたり、おこったり、ニャーニャーうるさいなこのやろう!とぎゅっとしたりする。めんこくてしろくてふわふわないきものだなあって思う。

これは猫でも人でもおんなじなんだけど、わたしはおなかに頭をのせてねむるのがすきだ。おなかに耳をくっつけると、いろんな音がしておもしろい。いきものはあたたかくて、おなかのなかではいろんな内臓が頑張ってはたらいていて、すごいなあっておもう。すごいなあって思うと同時に、いつかこの音が消えてしまう日が来るのだなって思って、勝手に切なくなったりもする。




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野ばら会か、バベルの会を結成したい。活動内容はおもいつかないので、古いかんじの喫茶店で集まってほんをよむとか、そういうのでいい。 それもめんどくさかったらなにもしなくていい、「バベルの会のXXです」って名乗りたい。名前もべつに野ばら会でもバベルの会でもなくてもいいからすてきななまえがあればそれでいい、ああこれが、所属欲というものか。だからブログで募集します、入ったらきっとすごく、たのしいよ?入会希望者はハガキ、FAX、電話(フリーダイヤルは平日10時から18時です)、もしくはメールやリプライで連絡をください。







コッソリ好きな人が何人かいるけど、多分相手も気付いてるんじゃないかな?って思ってる。多分好き度はあんまり伝わってないと思うけど、好きでいることは結構気付いてるんじゃないかな?って思ってる。





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どんどん寒くなってうれしい。さむいのすき、さむいのすきというかなつがきらい。さむいのはいろいろとたのしいよ、むしもでないし、お布団がより好きになるし、長袖の服はかわいいし、ねこはあたたかいし、チョコレートが口の中でも溶けない。
チョコレートが一番おいしく食べられる季節、それが冬です。




20120923-01

2m級のロボット、ガンダムや戦隊もの的なロボットに襲われた。
わたしより少し大きいサイズのそれは、赤くて、かたい。装甲を傷つけるのはなかなかむつかしい、一点を狙いガンガン殴りつけるとパキっと線が入り、割れるが、かなり難しい。なので関節を逆に折る。中身は白く、まるでエビのようだ。どう倒すかというと、通電する身の部分に電気を流して感電させる。2センチくらいの三角のプラスチックの神のようなプレート、頂点部分にパンチであけたような丸い穴が開いていて、そこに電極をつなげる。その三角のプレートを、関節を折ってむき出しにした白身の部分に刺し、電気を流し、やっつける。




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母と二人暮らしをしていた。
キッチンと、4畳の和室と、4畳の板間。 猫のトイレがなくてダンボールで自作した。朝起きてお風呂に入る母のために朝からカレーを作った。父が迎えに来て、着付けをしなければならないのだけど帯の締め方がわからなくて、とりあえず朝カレーをたべようではないか、とわたしは言った。







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スーパーと薬局、徒歩5分だけど今日は外国よりも遠い。



2012年9月20日木曜日

20120920-01


封すら開けていないブルーレイBOX、クリアしてない各種ゲーム、録画したけど見てないアニメ、積まれたままの小説マンガゲームにCD。 世の中にこれから見る/読む/聞くたのしみがたくさんあるのはすばらしいことだ、すばらしいことだけど、人様の作ったものを消費ばかりしていて何も生み出さない、生み出せないならまだしも生み出そうとする時間もとれないなんてなんてばかげたことだろうと思う。食べるためにものを食べる、味わうためにものを食べる。そうなんだけどどうしても、それを飲み込み咀嚼し吸収し、それを養分になにかを育てる、そうできないとどうしても、「なんでどうしてぼくは食事をしているのだろう」という気持ちになってしまう。ぼくには何かを生み出す子宮どころか、養分を消化し吸収する胃や腸すらないかもしれない、なのにどうしてもそう思う、そうしてそれをこうやって、モゴモゴ考えること自体、なんとおろかなことだろう。排泄行為ができないことを嘆いているわけじゃなくて、する時間が取れないことを嘆いている、それと同時に、何馬鹿なことを言っているのだろうって自分でもよく分かる。時間はなんぼあってもたりないなと最近とみに思うけど、わたしはわたしの性格をよく知っているから、足りない時間のために時間を作ることはできなくて、いきおいどうしても削られるのはああいう部分で、ああいう部分を削ってひとり排泄行為に時間を割いてもそれでも時間が足りなくて、しょうがないことは自分が一番わかっているから、ちょっと泣き言を言いたくなった。




自分になにが決定的に足りないか、自分がいちばんよくわかってる。
でもそれすら、今度ちゃんと時間をとって考えようって思ってしまってばかみたい。
時間がたりないをいいわけにするということは、ほんとうにやるきなわけではないということだ、
すくなくともぼくの、この問題に関しては。








毎日ひどくねむたい。実はきのうパルムの抹茶を買った、でも食べる気になれなくて冷凍庫に入れたままだ。毎日ひどくねむたい、ひどくねむたいまま一週間が過ぎて、一ヶ月が過ぎて、一年が過ぎる。気付いているけど止められない、困っているけど多分諦めてもいる。









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生まれるときと産み出そうとするときがあって、後者の場合、決定的に何かが間違っていて、それがどんなに愚かで/醜くて/哀れな行為かってのは、わたしよくわかってるよ。わかってるけどそれでも、わたしは天才でも運命でもなくて、でもただただその行為がすきなんだから、しょうがないよ。









2012年9月16日日曜日

20120916-01

自分のしてきたひどいこと、反省すべき醜い部分、文章にしてリズムを整え書き言葉として推敲するからわたしは多分救われない。後ろめたくはきちんとあるから自分の醜さに疲弊する、だけど望んでいるからやっぱりわたしは救われない、ほらどこまでいっても自分のことしか見事なまでに考えていない。わたしはうそつきだし、ごめんなさいがいえないし、変えられない部分を自覚してその上でもうだれかにひどいことをしたくないから一人でいるのを決めた。ひどいことなんて所詮文章に書き表せられる程度のことしかしていないのになんという傲慢だろう。




罪悪感を額縁に入れて飾ろうとするのは浅ましい。




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人間として最低なことを言うと、僕は君を傷つけたという事実に傷付いている。それが些細なことであろうと100%僕が悪いのであれば死ぬまで毎日罵られ理不尽な目にあいそれでも歯を食いしばりその「罰」に耐えねばならぬのかとげんなりする。「お前が悪い」は一度でいいよ、指摘され逆切れし触れられたくなさに伸ばされる手を払いのけることしか出来ない程度に僕は性格が悪いから、例えばきみが何事もなかったかのように僕を許す/もしくは僕はそもそも君の事を大して傷つけてなんていないよと笑い誤解を解く、そんなふうには到底感じられない。


ほんとはね、僕が誰かのことを、一生引きずるほどに傷をつけるなんて不可能だってわかってる、だからこんな後悔や反省や後ろめたさが全くのムダなものだってもわかってる。二十歳の前途ある若者を塗れた浴槽で出迎え潰し消費したとき、僕はたいそう後悔して懺悔したんだ、でも別に、彼女にとってそんなこと、とるにたらないことだった。これがおこがましいといわずになんと言う?


彼女は今日も明るく笑う、僕のことさえも笑って出迎える、久しぶりだねって言って頭を撫でる、ときには手だってつなぐ。








わたしは下らない人に傷つけられたりしない、だから君も、わたしのせいでは傷付かない。










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買い物に行かなきゃ行けないのにいくのがめんどくさい、どれくらいめんどくさいかというと、「人間はどうせ死ぬときに何かをもってはいけないのだからなにも買う必要はないのでは」という理論が頭の中をぐるぐるする程度にはめんどくさい。その言葉通りもう納得してしまえばよいのにまだ買い物に「行かなければならない」と思っているのはお部屋の掃除をしたいから、なぜ掃除に買い物が必要なのかというと掃除機のパックがないから、という理由のほかに、なにか掃除用具的なものを買い、形から入らなければ僕は到底部屋の掃除なんてしないだろうなと思うから。常に引越しと死ぬことを考えてる、 希死念慮があるわけではなく人はいつ死ぬかわからないから。例えば僕の部屋には僕がもう使わない/且つ価値のないものがゴロゴロある、僕が明日死んだら、だれかがその膨大ながらくたを片付けなければならない、それは大変だろうなあ、そうだ生きているうちにせめて後片付けが楽チンに出来るようにしておこう、そういう動機から僕は部屋の掃除を、いま、とても、したい。したいんだけどめんどくさい、だってよく考えたら死んじゃったらもうどうでもいいじゃん、全部焼き払ってしまえばいいじゃん、いやだめだそれは現実的ではないだってここは借家だし勝手にゴミを燃やすとお上に怒られるから、じゃあやっぱり生きているうちに整理整頓をしなければな、こんな感じでぐるぐるしている。











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文通てなにかけばいいの。見えないお手紙出しちゃだめなの。

なんでわたしと交流したいの、責めたいの償われたいのなんのためなの。
お金もコネも地位も技術もなにもないよ、わたしと交流してもいいことないよ。
罵声を浴びせたいからちょっときてって、言われたほうがほっとする。










掃除機パック買ってくるね。

2012年9月12日水曜日

20120912-00


ぎふあにめおもしろゆ~

ぴくしぶのこうざにあるような高度のじゃなくて、バナーに使う程度のやつでも
じゅうぶんおもしろいです
1ふんくらいのらくがきでほらこんなにもかわゆい(自画自賛)

2012年9月11日火曜日

20120911-01

最近毎日温いゲルの中を泳ぐように生きている、手も足も重く耳も遠い、視界はぼやけて言葉が出ない。曇り硝子を拭くようにそのうちサッと晴れるのだろうと期待をしていたのはひと月前まで、今はもう、このゲルがわたしの今の現実だとわかってしまった。だのに重いのにも見えないのにも全く慣れない、きっとこう して朽ちてゆく。






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今日スーパーで買わなきゃいけなかったものやコンビニで払わなきゃいけなかった公共料金やさっきまで頭を渦巻いてた罵倒とかぜんぶぜんぶなくなった。やりたいことたくさんあるけどいざやろうとすると何がやりたかったのか忘れる、忘れてなくても、「それは時間がかかるから、また今度ゆとりと体力のあるときに」と思って後回しにしてしまう。






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しにたいのは「しぬ」という行為がしたいわけではなく「ゴールしたい」のである、だから、しんだ後地獄に落ちたり地縛霊になったりすぐに虫や人間に生まれ変わってしまうのであれば、ぜんぜんしにたくない。おまけに言ってしまえば、ゴールするまでの道のりがつらかったりしんどかったりするのであれば、全然ゴールとかしたくない。別にぜんぜんしにたいわけじゃないのである、ゴールがしたいだけなのである、締め切りに入稿しヤッターという達成感が味わいたいだけなのである。何を言っているのかと思うよね、ぼくにもわかりませんよ、ねむたいんです。








2012年9月10日月曜日

20120912-01

わたしの携帯はメールが来ると、震える/もしくは音を鳴らせてその着信を知らせる(あ、きみのもそうなの?奇遇ですな)。差出人と件名のみが画面に表示され、決定ボタンを押すと本文が見られる。件名でメール内容が推測できない場合、本文を見るのが非常にこわい。死ねって書いてあるんじゃないか、あなたにはがっかりしました?わたし傷付きました?もう二度と顔を見せないで下さい?全部ひっくるめて死ね?こわい。こわいよぉと思いつつ開いたら、全く関係ないメールで今日もほっとする。


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社会やストレスや放射能のせいにするくらいなら、わたしは生理のせいにしたい。







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悪態ってすきなひととしかついたことないしすきなひととこねくりまわして遊ぶものだと思ってる。嫌いじゃない人の悪態をつく、指先だけで手をつなぐみたいにこっそりと。



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ひとの名前を覚えられないのは、覚える気がないからだって、さっき図書館で唐突に気づいた。興味がある人以外に興味がない、好きでも嫌いでもない、いまこの瞬間だけうまくやれればいい、この先どうこうは全く考えてないから笑顔でものすごく社交的に会話ができる、でもどうしても、名前が覚えられない。そうか、わたしは覚える気がないんだなって、はっきりわかってすっきりした。と同時に、ひとにも顔も名前も覚えられてないだろうなって思っているから、そうじゃない場合、至極恐縮する。でもそれだって本当は、恐縮しているふりをしているだけかもしれない。


それとはべつにわたしは記憶がすぐなくなる、よっぱらったとかそういうことじゃなくてすぐ忘れる。昔のバイトの同僚、お客さん、クラスメイト、 部活の後輩、仕事の部下、取引先のひと、せんせい、おさななじみ、エトセトラ。だから同じように時間を過ごした人に、共通(であるはずの)知人の話をふられて、まったくピンとこないことが多々ある。ひとの名前がおぼえられない、と、記憶が片っ端からこぼれてゆく、それらのコンボでぼくは、人間をうまく認識できない。認識できないものは未知の生物であり、つまりは恐怖の対象だ。





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夜の高速道路乗りたい。 日が落ちかける、19時くらいの時間から、朝の7時くらいまで。東京から出発をして、西のほうへ。どこにもつかなくていいよ、多分ただ何か、夜の街並みとか夜の道路が見たいんだと思う。夜の羽田空港、夜のお台場、夜の高速道路、夜の豊田、全部しにたくなる。別に東京に限ったことじゃなくて、智頭急行でも近江鉄道でも根室本線でもそうだから、明るいところに飛び込んで行く蛾みたいに、わたしのどこかにそうインプットされているのだと思う。
夜の羽根木公園で、ピアノ弾きたい。






たまに誰かに電話したくなるときがあるけど、わたしがいまほしいのは、でんわをして声を聞くとか会話をするとかそういうことじゃなくて、それどころかほしいのはきみでもないってことを自分でよくわかっているから、ボタンに触れないようにする。





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自分の文章最近句読点が多くて、読み返して「なんやこいつ息切れしとんのか」と思うことが多々ある。







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この世から大好きなものを全て消してしまえばよいのでは。
何かに一喜一憂して揺り動かされるわたしはみにくい、大好きなものや心惹かれてしまうもの、それらのことを考えるとしばらくいろんなところが痺れて使い物にならないし対峙するのに体力削られる、だったらいっそのことそれらを消し去ってしまえばいいのでは。そうはいっても消すのは忍びなく、かといって接し続けるのは辛く、本棚の奥や天袋、PCのどこかのフォルダに追いやられたそれをときどき引っ張り 出して眺める、また打ちのめされる、しまう、忘れた頃に取り出す、打ちのめされる、しまう。それを見れば必ず心が動くものは劇薬のようで、多用しても耐性がつく前に毒にやられて死ぬ、でも捨てられないし、愛用もできないし、どうしようか。












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今日はいちにち製餡2課に派遣されたので熱気とにおいでたいへんでした。毎度のことだけどバイトの女の子は倒れるし、もっと今の若い子は体力つけたほうがよいとおもう。変に時間が余ってしまったのであまった人たちでひたすら田舎饅頭の皮と餡子を分離する作業した。こんなにぞんざいにむしったりつめたり作ったりしていても、それでもこれらのおかしはとてもおいしいし魅力的で、いくら社食で崩れたケーキが食べられたとしてもお金を出すのに抵抗なんてわかないから、つくづくここの商品はすごいなって思う。
夏みかんの味のゼリーがおいしかったのに、今年はそれが梅味になってた。
梅は大好きだけど、すこし残念な気持ちになる。

















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近くにつかめるものがあったらつかみそうになるからだれか両腕しばっていいよ。





2012年9月9日日曜日

20120909-01

バイクの後ろでぼおっと町並みを眺めていたら、あ、しにたいな、って思った。唐突に、そして久々に訪れるしにたみに、わたしはすこしおどろきながらあまりの懐かしさに苦笑いした。苦笑いしてから、バイクの後ろで「しにたい」なんて思ったらそれがたやすく叶えられてしまいそうでこわいなって思って、必死で下らないことを考えた。すれ違いざま隣の車を蹴ったら怒られるだろうな、いま手をぱっと離したらびっくりするかな、おなかにぎゅっとする代わりに乳首をぎゅっとしたら驚くかな。一番最後の妄想が一番下らなかったので、必死で乳首をぎゅっとすることを考えていた。なんとか事故らずに帰宅が出来たのは、下らない妄想のおかげもあると思う。


スーパーで買い物したら/自転車で駅まで行けたら/電車に乗れたら/ポストを開けて中を確認できたら/おうちに帰ってきたら/靴をはけたら/お風呂に入れたら/髪の毛を乾かせたら/お布団に入れたら、いちいち「えらいね」って褒めてくれる人がひとりほしい。褒められるべきこと/やって当然なこと/いきものとしての本能の行動、それらを全部いちいちほめてほしい。頑張らないと仕事もできないし、おせんたくもできないし、ごはんもたべられないし、ねむれないし、生きていかれない。わたしまいにちがんばってるよ、がんばって息を吸って吐いてしてる、だから全ての行動と活動を、いちいちおおげさに褒めてほしい。





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分析をする、分析をする、分析をする。1に1を足したから2になった、2だったものがいま5あるのは3が足されたから、5だったものがいま15なのは、10が足されたもしくは3倍に増えたからだ。原因がはっきりとは特定できなくてもある程度は絞れるし原因が分かれば対処もできる、だから僕は今分析をする。しにたいのはべつにいい、きえたいのもべつにいい、問題は何がトリガーでいまこうなっているかだ。些細なことがきっかけになる、買ったアイスがあんまりおいしくなかったとか、ポイ捨てしている人を見たとか、電話をかけたら留守だったとか、そんな下らないことでも十分理由になるから、それが何だったかを僕は丹念に探し出す。
理由をいくつかピックアップし適当なものを見繕いそれを無理やり当てはめる。インパクトが弱すぎると自分を納得させられなくてなかなか難しい、大切なのは本当のそれを探し出すことではなくて、いかに自分が納得できる理由をこじつけられるかでもある。今日はなんにもこじつけられなくて、だからといってじゃあ心のままに動いたとしてもさらにドツボにはまることはわかっているから、右にも左にも傾かないように背筋を伸ばして停止する。このまま誰か眉間にパシュンと、麻酔銃を打ち込んでくれていいのに。






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スーパーで食材を選んでご飯を作ってたべたり、お風呂に入ったりお買い物したり税金を払ったり、そういう現実的なものをかんがえたら、あ、だめだな、って思う。じゃあだめじゃないひとがいるのかといったらいない、ああだからわたしはだめなんだな、って思う。

さみしいと思うときに人と一緒にいると余計さみしくなる、そういう性分だから、下らないことを考えてそのさみしさから目を逸らし、誰かの服のすそを握った指をゆっくりひらく。






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ことしあと4ヶ月だって。わたししらなかった。
わたし、ここ5年くらいずっとしんでいて、それがさらに、また1年つもる。



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溺れたときに藁をもつかんでしまうの、転びそうになったときに腕を出してしまうの、器官にものが入ったときにむせてしまうの、そういう反射的な行動、全部やめてしまいたい。ひとりで溺れて、転んで、窒息すればいいのに。







通りすがり目が合った人に人生を全部ゆだねるなんて、あつかましいにもほどがある。








2012年9月2日日曜日

20120902-00

分厚いガラスは何トンもの水の重みに耐えられるようにできている。床からせり上がるように生えているそれは僅かに湾曲し、まるでそれが壊れてしまったときのほんの僅かの保険のように、透明なセロハンが10cmくらいの空間をあけそれらを覆っている。地面から天井まで、2点でしか止められていないセロハンは若干撓んでいるため、ガサガサ音をさせそれを押すと固いセロハン越しにガラスに触れることが出来る。ガラスはプラスチックのように柔らかく、継ぎ目が粗い。カーブを描いた回廊は薄暗く青白い。

ここのものたちは視力を持たないのですよ、と説明が言う。視力を持たないので、光も必要ないのです、だからこの中は深海のようになっており、そこで彼らは暮らしているのです。透明度70くらいのエビの群れ、シロクマの子供、少年、成人男性。区画に区切られて生息しているものもあればそうでないものもいる、エビの群れが泳ぎ回る様子を見ているとまさに深海に見えるがそれではここにいる少年や成人男性はどうか。人間である以上水の中では息が出来ないはず、よく見ると水のようなこの分厚つく柔いガラスの向こうには気泡がなく、そうするとこれはやはり水ではないのか? ポメラニアンの大きさのシロクマの子供が、柔らかいガラスのつなぎ目の部分で足踏みをする、水の中のように真横になって。ガラスが若干足踏みに合わせベコ、ベコ、と動くので、わたしはセロハンごしに手のひらを当てる。シロクマの子供が押す、わたしも押し返す。こんな分厚いガラスを隔て全く違う空気(もしくは粘度の高い液体のようななにか)の中でお互いがガラスを押す圧力を感じ合う、まるで意志疎通が出来たような奇跡を感じてわたしは微笑む、そうするとシロクマの子供も微笑んだ。彼は小さな端末を取り出し何か文章を打ち込み、わたしに見せた。そこには英語で、「ぼくは君に、プロポーズは出来ないけれど」と書いてあった。そのジョークを見て、わたしは更に嬉しくなる。
彼らは視力はなくとも瞳を持っている、光を感じる機能はないので眩しさも感じない、漫画の中の吸血鬼のように光を浴びダメージを受けることはない。ここが薄暗いのはただ単に、光が必要ではないからだ。


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彼女はこの施設の一角の檻の中に住む。いつから住んでいるのかは知らない、最近入ったのではないが、生まれたときからと言うわけでもないようだ。長い黒髪に少し吊った冷たい目、黒いセーラー服。リノリウムの床の一角に数枚の畳、その上に置かれた文机に原稿用紙を広げ小説を書いている。彼女の檻に内包されるように、先ほどの深海のようなガラスがある。こちらにはセロハンはなく、薄暗くもなく、ガラスの隅には出入り口がついている。ガラスの向こうもまるで動物園の展示のようで、明るく、木々が適度に配置され、オラウータンの展示にあるような縄でできたブランコやタイヤを吊った遊び道具がある。

少年と少女は姉と弟のようだ、彼女とは馴染みのようで、僕には口の端を少しあげる程度の笑みしか見せない彼女も彼らには楽しそうに話しかける。彼女が満面の笑みを見せることはない、いつでも口の端を僅かにあげる程度の皮肉な笑い方だが、少年たちに対してのそれには彼女の甘えが感じられる。僕には飲み物の差し入れ、机の上の片づけ、本を本棚から取る程度のことさえも頼まない彼女は、彼ら姉弟に本の校正を依頼している。
弟がオラウータンの遊び場で満足するまで遊ぶ、姉は僕と彼女とともにこちらからそれを見守る。少年はふざけてガラスを内側からドンドン押す、それを僕はこちら側から押し返す。まるで先ほどのシロクマの子供とのやりとりのようで、僕は少しうれしくなる。シロクマの子供と違い、少年はこちらとあちらを自由に行き来でき、こちらでもあちらでも自由に遊べる。


次の小説が出るの、と彼女が言う。散らかった机の上にはいつの間にか、文庫の表紙の見本があがっている。遊びあきた姉弟が畳の上の原稿用紙で遊んでいる。表紙の校正も姉弟がしたようで、彼女がどんなに姉弟を信頼し、そして甘えているのかがわかった。帯には「XX賞受賞作品」と書いてあり、僕は彼女の受賞ペースに驚く。確か彼女は処女作で権威ある賞を受賞しデビューした、いま執筆しているのは二作目のはずだ。「1作目に続き2作目も受賞が決まっているの、すごいね」と僕が言うと、彼女は唇端を僅かにあげて「1作目を書き終えてから、すでにもう20年経っているのよ」と呟いた。彼女は昨年デビューしたはず、期待の新人として2年目に突入し今2作目を執筆中のはず、何をおかしいことを言うのかと呆気にとられて後ろを振り向くと、姉弟が砂になり崩れて白骨になった。「だからわたしさっき言ったの、これが彼女たちに頼む最後の仕事だって」「だから彼女たちさっき言ったでしょ、『さようなら』って」

2012年9月1日土曜日

20120901-00

四角く、大きな部屋。部屋というか、空間。天井までがとてつもなく高く、四方の壁にぐるり沿うように座布団が積み重なっている。一度落ちると上ってこられない、ただし物を掴める手を持った生き物であれば積みなおし・崩すことができる。


小さな毒蛇とコブラ、ワニ、そのほかそういう形の人間を「噛みがち」な生き物がそこらかしこをうろうろしている。それらの生き物は殺気立っており近付くのはとても危険。こちらは素手で武器がないため、それらを倒すことは不可能。ただし座布団を成形し、それらがこちらまで這って来れないようにすることができる。
頭を使い、小さな毒蛇と一回り大きな毒蛇を同じ階層に。彼らは噛み合い、小さなものが大きなものに飲まれる。わたしはそれを、安全だが間近なひとつ低い階層からまじまじと見ている、毒が出てくる牙、人間でいうと犬歯のような部分が相手にプチっという音を立て食い込むのをまじまじと見る。どちらも毒をもっているためもしかすると小さいほうが勝つのもありえるな、と思っていたが、 普通に大きいのが小さいのをズルリと飲み込んだ。これで一匹片付いた。他のいきものも、この調子で彼らを刺激し同じ階層にし、戦わせ、数を減らす。そうすることによりわたし(と子猫 灰色の小さな子猫がわたしの連れでいる、彼女はまた子猫であり、戦う力を持たない、なにより一番小さな敵の毒蛇でさえ、彼女を丸々飲み込めるくらいの大きさだ)はどこか安全な場所へ脱出できる。
ぐるりを高い座布団の山が囲っているが、真ん中、座布団が積み重なっていない谷の部分には数メートル級のワニと、キリンがいる。なんとか谷の部分の巨大な動物もやっつけないと脱出できない、数メートル級のワニは愚鈍そうに見えものすごく速い、どうやって倒そうか頭が痛い。


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昔のカラオケハウスのような建物が点在している、そこに修学旅行生が住んでいる。わたしはそれの一部に隠れ食料を調達したりしながら、なんとかみんなに見つからないように、一緒に家に帰りたい。同じクラスの同級生も違うクラスの子も、わたしを見つけるとおせっかいに近付いてきて友好的な言葉をかける、それがこわい。柱から柱に隠れるように移動し、空き部屋から空き部屋をたどる。



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やりたいことたくさんありすぎてなにからてをつけていいかわからなくなる。時間が足りない、足りないから、「お休みの日に寝坊して、昼寝する」ってことが後回しになる。なのでやってみました。寝坊はできなかったから、昼寝だけ。

明日の準備して明日は早起きする、そういえばいかなきゃいけないところたくさんあるからそれもやってしまおう、とりあえずは早起きしないと遅刻するから、早起きがんばろう。



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最近くだものよく貰う、いまうちに、ぶどう(一粒がとてもおおきい!上に、種無し!)となし、ももがある。秋は冷蔵庫の中から来る。







じぶんメモ:8がつ本まとめ

日常よりのばっかりよんだ。あんまり重いの読んでない。
くさかべさんの読みたい本があるけど、絶対暗くなるから手が出せていない。
読みたいけど読めてない本があるので今年中にはよみたいな。人類は衰退しましたよみたい。

マルドゥック映像みれてないや!びでおやさんにあるかな。