2015年11月3日火曜日

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わたしの本名は幸子だけれど全く幸せじゃないし全然名は体を表さない、だからわたしはこの世の全てのことわざや格言に異を唱えたい。渋谷区も港区も怖いから通りたくないしそもそもわたしが怖くない土地なんてないのであった。たばこの臭いには二種類あって懐かしいのとそうでないもの、セブンスターは間違いなく前者、ハイライトのメンソールは便秘薬でOD計る女の子のにおいがするから好きじゃない。毎秒毎秒切なくて死にそうだけどこんなに毎秒毎秒切なさで死にそうになっている人なんて早々いないんじゃないかと思う、人生最大の失恋や親友とのけんか、なんやかんやあるけどお笑い番組を見たりおいしそうな白菜を選んでいる最中は目の前のこと考えてるでしょきっと、だからこんなに毎秒毎秒切なくて死にそうになれるのはもしかしたら一種の才能なんじゃないかなって思ったから切なくなるのをやめた、わたしだってスーパーで、きくらげが多く入っているカット野菜(ラーメンの具)を真剣に選んだりする瞬間があるのだ。


日本語がじゃま、わたしの頭で流れる以外の日本語がじゃまだと思うけどもうどうしようもない、意味を汲み取ってしまうからどうしようもない。それが明確であればあるほど脇道にそれることができなくなる、こんなの全然自由じゃない。

2015年11月1日日曜日

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さみしいんだったら好きな人の書いた文章読みゃいいんじゃんって気付いたから文庫本片手に家を出た。外人墓地、羽根木公園、仙台のホテルと早朝の海、生クリームの入ったメロンパンとリッケンのギター、季節はもうじき冬になる。



「わたしはどこにも属していない」、そう、わたしはどこにも属していない。あまいコーヒーが飲みたくなってカフェのレジ待ちの列に並んで、あと1人で注文口というタイミングでやっぱりそんなもの飲みたくないって気付いて店員さんにメニューを返してお店を出た、こういうことばっかり好き勝手にできる道を選んだからわたしはどこにも属していない。根っこがないからフラフラできるけど根っこはないんじゃなくて腐って溶けてしまったのだと思う、わたしは、どこにも、属していない。



朝5時の大通りはひんやりしていてコンビニエンスの空気も違う、わたしの知っている日常に切り替わるのは午前6時、あと一時間で魔法がとけてしまう。元気ですかって聞いたら元気じゃないよって返事をくれたあの子、いざとなれば職場に乗り込めばいいと思っているのは、嫌われたらどうしようという考えがわたしにないから、つまりあの子に嫌われるかもしれないという可能性がわたしのなかにないから。

どこにも属していないわたし、誰にも属されないわたし、区分けをしたらあまってしまう。


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選び取るという行為は残酷すぎるからもう直視できないのに肌にひりひりする、毎秒毎秒実感させられなくても十二分に自覚しているのにかみさまはいじわるだ。太いジーンズ、はんだごてのカス、黒猫と山間、ささくれたスティック、くろいつる。わたしたち、思い出すたびに何度だってさようならができるよ。

2015年10月31日土曜日

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カジュアルな選択はしかし確実に選択で、つまり片方を選びもう片方を選ばないということ、カジュアルさゆえ軽視されがちだがしかし確実に選択なのであった。分かれ道は最初ひとつの道であり、T字路じゃなく1mmのずれ、それが百万年経ったらえらいことになる、みたいなやつ、いや百万年後の未来なんて想像しないよね、でも確実に訪れるんだよね、そういう感じのやつ。
おはようございます、2015年10月31日、今日わたしはXXXXXをもう言わない。


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「いっぱい出たね」って言う夢を見たけど全然いっぱい出てなかったしいっぱいどころか出てすらなかった。

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ラジオの素人と電話をするコーナー、内容が唐突に変更になり恋愛のお悩みをパーソナリティに話す流れになるのを聞きながら考えたのだけれどわたしには人に相談したいことがない。例えば仕事や何かの手続き、気になる料理のレシピ、そういうものは人に相談したいけれど人生のなにかの選択や悩みごと、そういうもので人に相談したいことがない。全ての選択は自分がしているとは思っていないけれど人に選択肢を提示され選び取るのは確実にわたし、いやなら死ねばいいのにというジョーカーみたいなカードを持ちつつする選択は二択とも自分に不本意なものだったとしてもジョーカーを切らなかった時点で選んだのはわたし、だったら人になにか相談することなんてないんじゃないかと思う。非生産的なことがしたくないから人に何かを相談することはないんだけどだから内省ばっかしてて、でもそれだってSnakeskinを聞きながらしてて、タダでも起きない感じにしないと死んじゃうんだろうなぁ心がって思う。3月のライオンの日曜日の描写が美しくて泣いた、わたしもああいう日をあと一日でいいから過ごしたかった。



仕事ってひまを潰すためにするんだなぁって思う、少なくともわたしはそうで、忙殺されたら心は死ぬけどゾンビになって生き延びられる。無理矢理のポジティブシンキングかよって思うけど他人が原因の巻き込まれ型災難みたいなものじゃないことで悩めるのはとても有意義なことだと思うし、このパソコンずっと触ってなかったせいかさっきから挙動と変換がめちゃくちゃでわたしはいまこっそりとてもイライラしている。




2015年9月6日日曜日

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おっぱいが大きくなったって誰も喜んでなんてくれないしお気に入りのワンピースで無残に潰される、そんなんだったらもうやせるしかないなと思ったわたしは今日から牛乳を飲むのをやめることを決めた。一日二リットル牛乳を飲むと一ヶ月に一カップおっぱいが大きくなるのはあなたもご存知のとおりの事実、だけど牛乳は摂取しようとしなくても食事のそこかしこに入っている。コロッケのつなぎ、だいすきなオムレツ、グラタン、クリームシチュー、そこかしこからわたしは一日二リットルの牛乳を摂取している。もうこれは牛乳がない世界に行くしかない、牛のいない星に行くしかない、だからわたしはロケットに乗って地球を脱出したのであった。





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悪夢は見なかった。


赤茶色の鉄柵にしがみつきながらわたしたちは浮かび上がるその瞬間 を待つ。全体重を支えるべくぎゅっと握った鉄は冷たく、4歳児にこれはまだ早いのではないかとわたしは思う。もう飛ぶのには慣れてしまってわたしは余裕だ けれど、初めてこの鉄柵で上空を移動するのはなかなか難しい、二本の腕と二本の足で鉄柵にしがみつくというのはぞんざい安易な事だけれど、それがすわ上空 となると緊張感が違うのだ。


わたしにはなにもないから、わたしは誰のことも幸せにできない。 毎日おいしいものを食べさせてあげる程度のお金とか、家賃を気にせず住める一軒家とか、将来有望な太いパイプとか、人並みの幸せな家庭を持たせてあげる身 体とか。わたしの好きな人が今わたしと一緒にいなくて、わたしの好きな人が今わたしじゃない他の人と幸せになっていて、わたしは心底わたしの好きな人から 離れたわたしの判断を賞賛する、人生にケチがつかなくて、ほんとうによかった。
時間も最大の財産のうちの一つ、だから、わたしはわたしの 好きな人に、どうしようもならないわたしとのことに時間を費やさせてはならないと思う。だったらどうすればいいかってもう何年も前に決めたはずなのにわた しはそれをできていなくて、なんでわたしは、わたしのことが可愛くなってしまうのだろうって、どうしようもない気持ちになる。自分よりもちゃんと誰かのこ とが好きになれていたら、わたしは多分きっと、ちゃんと一人でいられるはずだ。




2015年8月23日日曜日

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学校へ行きたくないし休んでいい?と母に聞いたけど自分でも今日休んでしまったら何かが崩れてしまうような気がしてもし母が許してくれたとしても休んでしまうのが怖かった。しかし今から急いでも遅刻に変わりなく、遅刻するくらいなら休んでしまった方がいいのではとも思うし、出席日数だって十分足りている、今日より明日の方が時間割的にも気が楽で、やっぱり休んでしまえば良いのではとも思う。登校するか休みの連絡をするか、どちらにせよ学校にコンタクトをとらねばならないのには変わりなく、憂鬱なそれをするまえにわたしは母に抱擁を求める。母がわたしを優しく抱きしめながら「あんまりこういうことをしてはいけないよ」と言うからわたしは驚いて母の顔を見る、正確には見ようとした。お互いの首根っこにぎゅうとしがみつき肩に顎を乗せた状態では相手の顔を捉えることはできず、だからわたしは抱擁の中でそのまま母の言葉の続きを待つ。

「だれかに抱きしめてもらわないと嫌なことができなくなったら、これから先、例えばわたしや、抱きしめてくれるだれか、そういう人がいなくなって一人で生きていかなきゃいけなくなった時に死んでしまうよ」。

いつかはそんな状態になることがあると思う、それでも潔く死ねずに苦しんだりするのだと思う、だけどやっぱりわたしは今、母に抱きしめていて欲しいのだ。

2015年8月15日土曜日

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飛ばないし動くスピードも某虫と比べると断然のろい、だからまだマシだなんて考えようとしても部屋の中でうごめく3匹をマジマジ見つめてしまうとそんなのもう無理だった。

クルリと丸まりきらないグソクムシはダンゴムシよりも断然クワガタに似ている。硬い殻、親指と人差し指で胴体をつかんだ時に感じる足の動き、わたしがまだ小学生だったならグソクムシをひょいと掴んで部屋の外に投げることも容易かったのだろうか。でもわたしはもう、クワガタだってカブトムシだってできれば触りたくないと思ってしまうような大人で、だから自由に動き回るグソクムシがわたしの部屋を蹂躙しているのを、悲鳴を押し殺しながら見つめることしかできない。




2015年6月27日土曜日

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背中を向けて寝ていたあの子が寝返りうってわたしを抱きしめてぼそっと呟くから驚いて何と言ったか聞き返す、いつもなら再返答をめんどくさがるあの子がわたしが聞き取れるまで同じ言葉を呟いてくれるのにも、その言葉が「好き」だったことにも違和感を感じて、でもうれしいからわたしは黙る。それでも「こうしてないといなくなりそうで不安なんだよ」って言葉が引き金となり違和感は実感に変わる、あの子がわたしのことを好きなわけがないし、あの子がわたしにすがるように抱きつくはずがなく、つまりはこれは夢、その瞬間に目が覚めて数ヶ月ぶりに絶望する、全然まだだめだ、まだだめ、全然まだだめだ。



もうあえない人は死んだ人と同義で、死んだ人はわたしのなかでどんどん大きくなっていく。現実の彼らとわたしの中で成長した彼らはだんだん乖離していくという事実にわたしは誰より自覚的で、≒で≠のあの子はつまり、過去の自分への後悔とか後悔とか後悔だ。

取り返しのつかないことは取り返しがつかない、タイムマシーンで戻っても取り返しはつかない。

2015年4月8日水曜日

じぶんメモ:3がつ本まとめ

1月2月は本本当によまなかったからまとめすらしなかったな。
3月は読んだけど、ひたすら漫画をずーっと読んでたから感想を全然書いていない。
例えば単行本を一気に読んだとしても一言感想は絶対書こうと決めていたのに、それすらできていなくて、でもできていないことよりもできたこと(本が読めるようになった)に注目をしたいので、まあよしとしたいです。

4月から通勤時間ができるので、ちょっとは小説が読めるようになるといいな。
物理的に(?)時間がとられることがたくさん出てきてしまって、すごくむつかしい。


2015年3月27日金曜日

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わたしの「すきなひと」は上書きなんてされてないことに気付かされる午後4時は雨がしとしと降っていて、でも喉がカラカラで痛かった。
すきだったひととさよならをして違うひとをすきになって、そのひとともさよならをしてまたちがうひとをすきになって、現実世界でのわたしの「すきなひと」はどんどん上書きされていくのに夢に出てくるのはいつだって「すきだったひと」、全然過去形になってくれないそれを半ば憎みつつわたしは一刻も早く夢をコントロールできるようにならなければと思う。

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すきなひとに、彼のすきなおんなのこについての相談をされた。小柄で小さい彼の彼女はおくすりが効きやすい体質で、花粉症の薬を飲むとこてんと眠ってしまうという。小柄でかわいい彼の彼女のためにわたしは副作用の少ない花粉症の薬を考える。
ゆっくり話せなくてごめんねまた今度って轟音で唐突に打ち切られる短い会話、だけどゆっくり話す機会をわざわざ設けることなんてしないってわたしたちは知っている。曲と曲の合間のMCの時間、ギターの弦を交換する短いすきま、わたしたちはなにかのついでのあいまにしか言葉を交わすことがもうないのだ。

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タイミングの悪さをわたし運命って思ってる、つまり君との間には結ばれない運命しかない。理由がない「今日しかダメな気がする」という直感、直感というよりは確信に近いそれ、気分次第で一瞬で覆るものだと知っているけど遵守されないからますます確固たるものになる。

山手線の29駅、どの駅で降りてもわたしの好きな人には今日絶対に会えない。世の中にないはずの『絶対』を生産して否定し続ける、絶対起こらない奇跡を100個考えることができたら今日のわたしは家に帰れる。


今日と明日しかないみたいな錯覚は錯覚でしかないのに重量がすごくてだからわたしはそれを真実だと思う、わたしに残された時間は今晩しかない。例えば明日誰かに助けられたとしても助けられたのは明日のわたし、今日のわたしは永遠に誰にも救われないままだ。
明日のわたしは救われないまま死んでいった今日のわたしの屍の上に立つ。細かく砕かれた真っ白な骨はざらざらとしていて踏ん張りが利く、明日のわたしは誰にも救われなくても助かるような存在であってほしい。かなわない奇跡なら最初から思い描きたくもない、だからわたしは今日も絶対起こらない奇跡を100個考えるまでどこにも帰れない。

2015年3月15日日曜日

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果物じゃないし黒子じゃないからわたしのこれは歌にならない、わたしの唇のソレはただただ引き攣れて痛い。100万回言ったおはようは一度も返ってこなかった、最初から諦めているぶん猫のほうが幾許か親切。


手の汚れ方には二種類ある、わたしのそれは下種なほうのそれ、汚れた手で誰を触っても誰のことも汚さないけれど永遠に落ちないそれ。自分のためだけに手を汚すと一生救われない、だからわたしは一生塗れて暮らすのだと思う。
きみが目の前にいないときのほうがわたしきみのこと大事にできる、242キロの距離はグーグルによれば徒歩50時間、50時間くらいすぐに歩ききってしまいそう。



本当に信じたことは全部真実になるからわたしの真実はわたしの頭の中にしかない。一年は365日じゃないし一日は24時間じゃない、東京は関東にないし牛乳は飲みものじゃない、あの子とあの子は同一人物だしわたしたちはもう10年もいっしょにいる。わたしにかかわる事柄はすべて歴史を揺るがす重大事項だし取るに足らないものごとばかり、つまりわたしの全部は瑣末で無視できる事象、同じ演算ばかり繰り返すから抜け出せないだけだしだけどゲームオーバーはこわい、わたしのひざは猫がのぼるためにあって、優しい嘘しか吐かない口は今すぐ縫い付けられるべき。




人って存在が死ぬと概念になる、概念になったら普遍的に蔓延してはびこる。わたしはあの子がはびこってはびこってはびこりまくったせかいにいるし、そうせかいを作り変えたのはわたしだ。



2015年3月11日水曜日

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眉間のあたり、右目と左目のちょうど間にrepeatって入ってるんじゃないのってくらい思考がぐるぐるまわる3月はまだ寒いからコートが必要、誕生日プレゼントでもらったモコモコのくつしたが活躍するから寒いのもきっと悪くない。
そろそろ目の前の人がみんなあの子に見える、「ねえXXちゃんと今度会うよ」って話しかけそうになってあっ違う人だったって気付く、わたしとXXちゃんと三人でごはんをよく食べに行ったのはこのひとじゃない。すきなたべものきらいなたべもの、チョコレートがきらいであんこがすき、洋菓子より和菓子がすき、ビールとほうじ茶をおなじくらいおいしそうに飲む、水玉のシャツとカーキのコート、かわいいスニーカーと磨り減ったかかと、よく見たらそれらは全部ここにはないし、微妙にだぶって見えるぶん救われない。
人間にはたいてい目が二つあって口と鼻がひとつ、だから誰でも似たように見えるし、五感と互換を遮断してしまえば目の前に誰がいてもいなくても一緒、ほんとかな、わたし絶対うそだと思う。



こないだすきなひとにiPhoneの3Dマップの3Dと2Dの境界線を見せてもらった。
山手線が世界の境界線になっていた、新宿を出て吉祥寺まで行けば、わたしも多分ドット絵になれる。

2015年3月9日月曜日

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それらひとつひとつは取るに足らない作業、家計簿をつけたりお皿を洗ったり読書を記録したり出したペンを筆箱にしまったり、そういう小さななんやかやがたまりにたまってわたしは死ぬんだと考える午前3時は煌々と照るからわたしはぜんぜん眠れない。どこにも行ける気がしないから足踏みするのをやめた、時間を崩すゲームばかりしている。



追悼する人があの子からあの子になりそしてあの子になる、人格が変わるのに据えられるポジションは同じ、絶対誰にも替えがきかない存在なのに「絶対誰にも替えがきかない存在」として彼らは肩を並べる。手を伸ばせば届くけど届くためには手を伸ばす必要がある、その事実が若干不愉快だからわたしはコートから手を出さない。



3月は鬼門、4月は地獄。カジュアルかつポップに飛び降り、花びらが張り付いた真っ黒なアスファルト、さようならからまたひとつ遠くなる距離。

2015年2月28日土曜日

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「今すぐ荷物をまとめて出て行け」って言われて自分の15年間の長さを知る、洋服、ノート、そのほかもろもろ。くだらないものしかないのにリュックに全部詰め込めなくて絶望する、わたしの15年がここで断絶する。家族とか肉親が無条件で自分に優しいという誤解、とっくに改めていたと思っていたのにじゃあどうして今絶望しているかというとそういうゆるぎないものがどこかにあると思っていたからで、誰が悪いって言ったら間違いなく自分が悪い。
捨てられないものなんて何一つないのに躊躇してしまうのは未練があるから、しあわせだった記憶とかに未練があるから。

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自分と同等に不幸な人の話を聞いて安心しては差異を見つけてつらくなる、でも物事は白黒じゃないってわかってからいろんなことにセーブが利く。わたしはあの子が好きだし嫌い、それは十分両立するしみんなそう。

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いちごの入ったあまいサンドイッチに最初は面食らってしまったけれどすぐに慣れた、たいていのものを挟んでもパンはおいしい。おかずクレープ、デザートのパン、あまいごはん。

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おやすみなさいをちゃんと言うからおはようってちゃんと言ってほしい、おやすみなさい、またあした。



2015年2月22日日曜日

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なんとなく見ていたustで生配信されてたライブに出てるのはあの子、思わずしちゃったメールのレスが速攻返ってきてわたしは笑う。
「ねえ今XXXってバンドをやってるの?」「そうだよ、こないだから入ったの」、ライブ中なのにもかかわらずぽんぽん返ってくるメッセージに驚くけれど、この子ならライブをしながらメールを返しちゃったりするかもしれない。「今ustで配信してるよ」って送られてきたurlはまさにわたしが今見ているもの、ゴリゴリ大きな音でベースを弾いている彼の音を追ってみたらほとんど開放、四弦しかないのに四弦以上の音を全部開放で弾いていて、わたしは驚いた後に笑う。


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例えば全ての事象が何かに結びつくようなそういう世界があるとして、そしてわたしがそこに生きているとして、じゃあどうしたらいいのかって言ったら死ぬか生きるかしかない。例えば全ての事象があの子に結びつく、そういう世界が幸せな世界か否かって言ったら前者、だったらわたし笑って生きるしかない。

死なないんなら笑え、世界は幸せなんだから笑え。口角無理矢理上げて繕え、その後ちゃんと心から笑え。


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mid summer night09がFlashbackになったの今知った、きみのことを殺したいぼくもいないし夜明け前はもう鮮やかにならない、でもそのかわりにぼくの景色ももう悲しくない。いとしいものがきれいになくなってくれることなんてないし、それらが変遷してあり続けるような世界なら、わたしもなんとかやっていくしかない。



わたあめみたいになりたかった、わたしわたあめみたいになりたかった。







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レジ横で梱包寸前のプレゼント、「どうしよう」って言うから迷っているならやめなと言った。そんな気持ちでプレゼントを買って、気持ちよく渡せるはずがない。
一方的な好意が自分の快楽になっている間はたくさんやったほうがいいけれど、ただひたすらそれを享受する相手の態度に辟易してしまったら、その瞬間にすべてが終わってしまう貴族の遊びみたいなものだし、『貴族の遊び相手には、本当に好きな人を選んではいけない』って、うちの猫が言ってたよ。

2015年2月14日土曜日

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「放置イコール停滞」だなんて愚者中の愚者の陥る罠、「放置イコール緩やかな死」だしそれはイコール緩慢な自殺だ。小学生の時朝顔を育てませんでしたか、お水もやらず日向にも出さなかった斎藤くんの朝顔はどうなりました? 放置すると朝顔は枯れるし人は死ぬ、「人」には自分も含まれる。

明日死ぬかもしれないから出し惜しみはしないでおこうとした結果去年の自分がサイコーによかったという状況で迎えた今日、わたしは絶望して100メートル先に見える「最後尾」の札の後ろに立つ。費やした時間や労力が気持ちに比例するとは言わないけれどそう錯覚してしまうことがある、割いたリソースの多少によって思いの強さを測ろうとするのは愚。わかっているけれど無意識で値踏みをしてしまう、去年のわたしはサイコーだった。

行きたい場所がどこにもないなら自分の中に潜ればいいのに、目の前の時間を暇と認識して持て余した瞬間わたしは死ぬ。目を開けて死ぬとふと飛び込んでくる文章があって、それで再び生き返ったりする、だからわたしは死んでしまうのは仕方がないとしても、せめて目を開いたまま死にたいと思っている。

2015年2月7日土曜日

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朝起きてもう二度と起きたくないと思うから目覚ましをかける、明日まで生き延ばすって手段はわたしに限り実に有効だ。
わたしの存在の有無にかかわらずわたしの好きな人が幸せになってくれたらいいって本当に思っているのに全部偽善みたい、自分のエゴの汚さばかり引き延ばして突き付けられ続けてもう何年経つのかな、一生許されることはないだろうって思ってはいたけど実際そんな5年を過ごすともういい加減うんざりする。
たった5年。

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駅の女子トイレは個室が二つ、奥が開いているのにみんな避けて通るから順番が回ってきたときに入ってみた。血まみれの個室を見て納得したけど、多分血にまみれた手で個室内の壁をベタベタ触ってしまったんだなと思ったからわたしは気にせずそこで用を足す。
トイレットペーパーのホルダーの金属に、ドアの内鍵に、そして左右の両壁に。いろんなところに手のあとが赤くついているけれどタイルの床だって若干血だまり、足元が血でぬるぬるして滑るから左右の壁を押すようにして体勢を保っていたのだなと考えると壁にしつこいほどついた血だって納得、だから何にも怖くなかった。

それでもわたしが個室から出たあと入った女の子が顔を真っ青にして飛び出してきたから、ああこのまま汚れているとこの女子トイレは個室がひとつしか機能しないことになりトイレ待機列がどんどん伸びる、と思って駅員さんに報告をしに行った。ターミナル駅の利用者は毎年増加、東口改札には駅員さんが10人待機していて不測の事態に備えている。
一番暇そうな若い駅員さんに声をかけると出張交番に移動して事情聴取が始まった。「まずは名前をここに漢字で書いてください」と差し出される用紙には既に「サカイ ユキ」と書かれており、これがわたしの名前なのかと一瞬納得するけれど、サカイの字が『阪井』か『阪伊』のどちらなのかわからず逡巡する。
わたしの動揺を読み取って若い駅員さんが「どうしました?」と訊いてくるから仕方なく「わたしはサカイではありません」と吐いた。駅員はそうでしょう、というように頷き、「それではあなたの正しい苗字をこちらに」と掌で促す。
わたしはわたしの正しい苗字を知らない。

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時間がないけれどラーメンが食べたいと言うわたしを絵里ちゃんはうなぎ屋さんに連れて行く。1000円で食べられるその店の鯛茶漬けは絶品、まるでショートケーキのような見た目も女性に人気、今日みたいにお酒を飲んだシメにはぴったりだと絵里ちゃんは言うし、わたしもまあラーメンを欲して鯛茶漬けを提案されるのは何も間違っていないから大人しく従う。
既に長い列ができているうなぎ屋に並びもせずに、近くの公園で絵里ちゃんはダラダラと喋る。近況報告、彼氏の愚痴、バイト先の店長のウザさについて。そうこうしているうちにわたしの新幹線の時間が迫ってきて、わたしは鯛茶漬けと新幹線、どちらを諦めるかの選択を迫られる。

2015年2月2日月曜日

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真っ暗な部屋でストーブに当たりながら猫を抱えてしずかなアニメを見ているとしずかな気持ちになってしまう、頭に穴が開いているわけではないのに過ぎた瞬間から記憶が流れ出てわたしのなかにはなにも残らない。
本当のことは自分の中にだけ留めておくことにしたのに、いつも最後に話した言葉を忘れてしまう。さようならか、ありがとうか、またねだったらいいなと思う。

わたしは君に最後なんて言ったのかな、二度と会えないから覚えておくとか言わないで。

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湯たんぽ代わりに小さなホットのペットボトルを買うから鞄がどんどん重くなる、ジャスミン茶と緑茶とレモンティを消費して残るはホットレモンとバンホーテンのココア、さっき買ったばかりのココアはまだ湯たんぽで使うとして冷えたホットレモンは片づけてしまわねばならない。
おなかがずっといたいけどイブを流し込むのにホットレモンもココアもふさわしくないから我慢している。正確に言うとココアはイブを流し込むのに最適、最適ではあるのだけれど気分ではないからしたくない。

地面からずどんと突かれるみたいなおなかの痛みはすごく痛いけど嫌じゃない、繋ぎ止められている感じがする。薬を飲むとだって腎臓が大変そう、だからわたしはあんまりお薬を飲みたくない。……ってのを理由にわたしは今おなかが痛い波みたいなものにとりあえずさらわれている。何もしないでただ耐えている感じがして、これはこれで結構好き。

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わたしたちは包囲されてい ま せん。




2015年2月1日日曜日

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わたしは今まで自分が好きになった人どころか今までしたバイトだって全部は思い出せない、例えば今誰かに今まで付き合った彼氏の人数を聞かれて答えられるかというとまぁ勿論答えられるけど数秒必要、それはわたしが付き合った人数が多いわけじゃなくてちゃんと覚えていられないから。わたしはすぐに忘れるし、忘れっぽいせいもあるけれどこれだけ生きていたら忘れないときっと容量がパンクしてしまうのだと思うし、履歴書だって昔の手帳と日記を引っ張り出さないと書けないくらいだし、だから例えば好きになった人に、わたしの知らない出来事や思い出があるってことは至極当然のことだってさっきお風呂で考えていて不思議な気持ちになった。例えば地元が同じ小学生同士なら、相手の親や兄弟や家族・育ってきた環境や初恋の相手まで知ってしまって自分の知らないなにか特別大きな事件って多分ない、でも大人になると全部知るなんて無理、それはまるで諦めのようでもあるけれど、わたしがわたし自身のことをたくさん忘れてしまっているということからもわかる真実、すごいなあ、長く生きるとたいそうだな、と思う。
わたしだって自分のことを全部覚えていないし頑張っても思い出せない、人のことなんて例えそれが表層的な歴史だとしても、全部把握するのは多分無理。


『わたしはわたしにしかなれないし君も君にしかなれない、わたしの人生はわたしが頑張ることしかできないし君の人生もそう、だから各自ファイトだよ、そんでもって一緒に眠っておいしいものを食べよう』。基本姿勢は変わらないけどわたしの人生やっぱりわたしが頑張るしかないのかぁって、当たり前のことがちょっといやになったのは、多分疲れているのだと思う。思うけど、じゃあ疲れていない状態ってどんなんだって考えてもわからないし、だから明日はあんまりおなかいっぱいにごはんを食べるのはやめて、二駅くらい散歩をします。わたしの基本姿勢は正しいと今でも確信しているけれど、それはかなりタフなものだから、今ちょっとそれがいやになっちゃっただけだよ。