2014年2月11日火曜日

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外よりも暖かい気がするのは、南国の動物がいるからかなと思った。ビーグルにもドーベルマンにもカンガルーにも似ている犬は、わたしよりも大きかった。恐る恐る頭を触ると気持ちよさそうな表情を浮かべた気がしたので思い切って抱き着いてみると、コテンと転がりお腹をこちらに向けてくれたので、撫でた。お腹にはおっぱいが6つついていて、それらに触るのはなんとなく失礼だと思ったから、乳首をよけておなかを撫でた。
わたしにおなかを向けてまだ撫でてほしそうに身をよじっている大きな茶色い生き物をほおって次に進むのはなんだか申し訳ない気がしたけど、わたしたちは先に進まなければいけなかった。

ホワイトタイガーは猫みたいだった。またそれもわたしより大きかった。体もしっぽも、手まで大きくて丸っこくてとてもかわいらしかったけど、ひっこめている爪をにゅっと出したら人間の体を裂くくらい簡単だと思って怖かった。放し飼いになっているホワイトタイガーは、放し飼いになっているだけあってとても大人しくて、お客さんはみんなホワイトタイガーと立ったまま抱き合ったりして写真を撮っていた。羨ましくなったわたしはお客さんが途切れたタイミングを狙い「わたしも写真撮って―」と同行者にカメラを渡しホワイトタイガーに抱き着いたけれどネコパンチしてきそうな不機嫌さを彼女(もしくは彼)から感じ取って若干腰が引けた。ホワイトタイガーはごろんと横になり手足を丸めてきたけれどこれは猫がネコパンチしながらじゃれる姿勢と一緒だ。後ろ足で獲物を挟み逃げられなくしたままで前足でネコパンチを繰り出し噛みつくあれ、4キロあるうちの猫にされても痛いのにわたしよりも大きいこのホワイトタイガーにされたらわたし死ぬ気がすると思ったから、彼女(もしくは彼)から目を離さないようにしてゆっくり後ずさりして逃げた。

動物園には水槽もあって、イルカもいた。水槽の周りにはとけ残った雪が積もっていて、さっきまであんなに暖かかったのに、こちらはまるで冬だった。地元の古い動物園みたいな檻の中に腰くらいまでの高さの水槽があってその中にいたイルカたちは、檻が開いた少しの隙間から我先にとピチピチ逃げ出してきていた。わたしは驚いて係の人を探したけれど、係のおじさんがそれを笑って見ているのに気付いたからわたしも安心して見守ることにした。動物園は崖の上にあり、その崖っぷちには安全のために柵が取り付けられていたのだけれど、イルカたちはみんな、その崖を目指しているようだった。両親と話しながら後ろ向きに歩いてきた男の子が一匹のイルカを踏みつけて、踏みつけたのは男の子なのにギャッと声を上げていたのが面白かった。ペンギンの散歩はいろんな水族館で見たことがあるけれど、イルカの散歩は初めて見たな、と思った。
まるでイルカの顔の部分だけを短く切り取ったような生き物が空中を舞っていてびっくりしたら、係のおじさんに「あれはイカだよ」と言われた。よく見たら確かにイカで、わたしのイメージするイカよりももっとずっと短くて丸っこかったからぱっと見ただけではわからなかった。イカはイカらしい動き……胴体を膨らませたりしぼめたり、足を延ばしたり縮めたりして空中を泳ぐように海へ向かって飛んで行った。イカは、水中を泳いで移動して、地上に上がると空中を泳ぐように飛んで移動するっていう当たり前のことをわたしはすっかり忘れていて、なんだか恥ずかしくなった。

断崖まで来て恐る恐る下を見てみると、イルカたちは100メートルくらい下の海を泳ぎまわっていた。いくら水の中にとはいえこの高さから海に飛び込むなんて怖くないのかなと思ったら、係のおじさんが「手を出してみな?」と言った。手を出したら、崖から水面までたった10センチくらいしかなく、どういう仕組みかわからないけれど、崖からはするっと滑り込むように海の中に入れるんだってことが分かった。確かにイルカたちは崖の柵の隙間からするっと海に潜り込んでいた。
100メートル下(に見える) を悠々と泳ぎまわるイルカは100匹以上いて、あの小さな檻の中の水槽にこんなにもイルカがいたんだってことにびっくりした。例えばおたる水族館は、海を柵のようなもので区切ってアシカなんかをはなしていたけれど、ここの海はただの入り江になっているだけで、このまま大海に逃げていけてしまうのに大丈夫かなとわたしはすこし心配した。入り江と海を区切るようにずどんと鎮座している岩のあたりに小舟が出ていて、釣りをしている漁師のおじさんがいた。おじさんはイルカの大群が自分の船が浮かんでいる水面のはるか下あたりを泳ぎまわっていることを全く気にしないで船の上で立ちながら釣竿を垂らし、たばこを吸っていた。
漁師のおじさんを見ていたら、わたしの耳元でワアッと歓声が上がった。3人に増えた係のおじさんがイルカに何か餌をやっていた。ペンキの缶のようなものに入れたエサを海にまくと、イルカたちが飛び跳ねてそれを食べた。優雅なイルカジャンプというよりも、池の鯉にエサをあげたときみたいだなと思った。必死で餌を食べようと飛び跳ねると、イルカの顔は鯉に似る。
できるだけ遠くへ餌を放ろうとおじさんがあまりにも激しく缶を振り回すから、缶からこぼれた液体がわたしの前にいるお客さんのダウンジャケットについた。濃い茶色のそれを指にとってなめるとものすごくおいしくて、それを見たおじさんが「おいしいだろ?」と言った。おいしいです、と答えると、「それはね、松永のイカスミだよ、高級品」とにっこり笑っておじさんは答えた。高級イカスミをイルカにやるなんてなあ、と言いながらもおじさんはずっと笑顔だったから、イルカはしあわせものなんだな、と思った。