2016年11月23日水曜日

20161123-01

きゃあ、という甲高い悲鳴で目を覚ますと窓の外が騒がしかった。「あそこを右に曲がっていったわよ」「リードをつけたまま」「家へ帰ったのよ」という会話から、散歩中の犬が逃げてしまったところを想像する。目を覚ましたが目を開けずにそのまま耳をそばだてていると「車がピューって飛んできて」「自転車が」「それで驚いて」と続くので、どうやらわたしの想像は当たっていたのだなぁと思う。


図書館までの道中にたびたび青鷺を見かけるので、双眼鏡をぶら下げて家を出たがオナガガモとカルガモしかいなかった。残念な気持ちで本を返却すると司書さんに「それ、双眼鏡?」と聞かれる。現代日本で・住宅地で、こうして双眼鏡を持っているということがいらぬ誤解を招くことはないかと常々怯えているわたしはハイ、川に鳥が…と答える。
ここらには鷺がいるんです、しかもかなり大きな、と話すと司書さんは「知ってる?鷺はね」 と一人で盛り上がった。どうやらこの人も鳥が好きなのかと思って話を聞いてみるとどうやらそういうわけではなく、ただの話好きの人のようだった。しんとする図書館に彼女の声が響いていて、隣のカウンターの司書さんがじっとこちらを見ているのを感じる。どうかこのひとがあとから怒られませんように、という気持ちでわたしはいっぱいになる。


京都の鴨川には鷺がいて、じっと立ち、魚を取っている。うまい位置に陣取って一歩も動かずサッと魚を取る。位置取りに失敗した鷺は魚が取れず、魚が集まる場所を嗅ぎ分けられる鷺はそりゃもう優雅に魚を取る。その手練の鷺は、近付く他の鷺をギャアと鳴いて追い払ってしまうそうだ。

2016年11月3日木曜日

20161103-01

腐ったエメラルドグリーンの川面は凪、カヌーやボートが滑るように川を下る横をわたしは逆流する。何も持たないわたしはでも確実に何かに「乗って」いて、このスピードが落ちることがあれば沈んで死んでしまう予感がある。幅広いこの川はまるで高速道路、正月やお盆の渋滞を逆行している気持ちになる。ジャングルのようだったまわりの景色も下流に向かうにつれだんだんと近代化、工事中の橋をいくつも通り水上に浮かぶ三角コーンをわたしは何本も飛び越える。気付けば頭上には電線が通っていて、それを伝うように進むとより早く移動できた。練習中の女の子のカヌーを奪い取りたくなる、わたしもあれに乗れたなら。

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向かい来る戦車の前部左右から発射される爆弾を打ち落とさなければ自分の陣地後方にいる味方がやられて前線が後退、負けが近付くからわたしは必死だ。打ち落とせて当然、のそれをだんだんと打ち落とせなくなる、爆破された後方の陣地は敵のものになり、前からも後ろからも敵兵が攻めてくる。わたしは持っている銃を戦車ではなく迫りくる敵兵に向ける。10人、20人、30人と殺すけれどまるで焼け石に水、逃げようにもぐるりと囲まれていてどこにも逃げられない。でもこの窮地を招いたのは間違いなくわたしの失敗で、とりあえず目に入る敵兵を撃ち殺し続ける。


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 親戚が来たのに居間に行くのが面倒で自室にこもっていた。拾ってきた子猫を弟が逃がしそうになるから必死で捕まえると指を全力で引っかかれ、噛まれた。でもそんなことよりこの子が外に逃げてしまい、他の犬やカラスにやられてしまわなくてよかった。
なにかひどいことをおばあちゃんにしてしまった気がする。とりなしたくて呼びかけるけれどもトイレに入ってしまったおばあちゃんからは返事がなく、わたしは永遠に彼女が出てくるのを寒い廊下で待つ。

2016年10月9日日曜日

20161009-03

おそろしい夢しか見なかった、ふと「何を書いてもよいのだ」と思い心強くなった。自由を奪われるマンガを読んだ、わたしはああいう暮らしをしていた、と思う。逃れても、色濃く影響は残る。

意識を自由に落とせないのならどうでもよい情報を常に垂れ流さなければならない。いろんなことを頭から追い出して脳みそをどうでもよいもので満たす必要がある。
頭は「からっぽ」になんかならない、少しでも空白ができると恐ろしい考えがたちまち侵食してくる。わたしはそれを防ぐために、常にどうでもよい情報で頭の中を満たさなければならない。

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ひどい雨だけれど外に出た、増水し濁った川が恐ろしかった。駅まで行って家に帰る途中、カモが流れに逆らい水面に浮いているのを見た。ときおり首を突っ込んで餌を探していた。川沿いの細い道にはいたるところに水溜りができていて、そこでハトが三羽水遊びをしていた。カバやゾウが水遊びをするように、ハトも水遊びをするのだなぁと思った。雨の日にしか見られないものが見られたので少しうれしくなる。川は、おそろしいけれど、わりあい好きだ。

20160809-02

その山はソフトクリームのような形をしていた。
うずまきのように頂上まで続いた山道と平行に川が流れており、山の裾野には中規模の港町と、海が広がっていた。
 山間の集落はこじんまりとしたもので、しかしとても平和だった。わたしたちはそこでつつましく暮らしていた。

いつもは穏やかな川は一夜にして脅威となる。台風のおかげであふれでた雨水はあっという間に山道を侵略し、車や、電柱や、家を押し流した。普段の凪からは想像もつかないような色ににごった海にはいつもの中州はすでになく、海と山の境目はなくなっていた。
山の頂上にある家まで早く帰らなければならない、家族が待っている。
わずかに残ったコンクリートの道を急ぐ。時折頭上から瓦礫が降ってきて、それをかわしながら進むのは至難の業だったが、なんとか家までたどり着き、家族と合流する。
ふと雨脚が弱まり、わたしは家族とともに海を見下ろす。曇り空なのに明るくて、押し流された港町がよく見えた。ところどころに残った頑丈であろう建物の屋上には数人の避難者がおり、みな一様に「お手上げです」とでもいうようにバンザイをしている。
海は透き通って水面はエメラルドブルーに輝いていて、わたしは「水が何もかもを押し流してきれいになったのだ」、と思う。
しかし、わたしは知っている。今は一瞬の凪であり、すぐにまた、むしろ先ほどよりもひどい嵐が来る。わたしたちはその前に、この家にとどまり続けるか、山を降りあの避難者たちに混ざるか、選ばなければならない。

20161009-01

スーパーで豚バラを買った。家に帰って取り出してみると「品名:ふたりのねこ」と書いてあった。

2016年9月18日日曜日

20160918-01

全国の女の子に言いたいのは忙しくて連絡ができない彼氏の連絡ができない理由っていうのはあなたの優先度が低いだけですよということ、長年生きてきてようやくわかってきたし連絡ができないイコールそれが答えというのもようやっとわかってきたというか自分もそれをやられるだけではなくやったりすることによって実感したのであった。22歳の春。
惨めな恋愛ばかりしていた高校時代のわたしに今すぐ伝えてあげたいくらいだけれど、多分伝えてもわかりっこないだろうから、もしわたしが今タイムスリップできるようになったとしても、彼女のことはほうっておくしかないのだろう。

20160917-01

「百万円あったらなにをする?」と聞くとすぐに「きみにぜんぶあげる」と返ってくる、彼は一事が万事この調子だ。おいしい料理を食べても、人からもらった気のきいたお土産も、なにもかもをわたしにくれる。物には罪はないから、わたしはいつもそれをありがたく頂戴する。
そんなわたしを見ているだけで彼は満足だという。きみの笑顔が見られるなら、ぼくはなんだって差し出すよ、と。
ほんとうにほしいものはなにもくれないくせに。

2016年9月3日土曜日

20160903-01

すきなひとのことはみんな美化する、クールで完璧な彼女も彼のことは美化しちゃうみたいだ。
彼女が幸せならまぁいいかと思いわたしはむずがゆいそのノロケを聞く、未来は誰にもわからないし彼のことをわたしが知り尽くしているわけでもない、けれど多分彼には彼女が言うような世界を救う力は多分ない。だけれど彼は確実にこの瞬間彼女の世界をバラ色にしているみたいで、それならそれでいっかとわたしは思う。

2016年8月27日土曜日

20160827-01

「『誰も悪くない』ってよく言うようになったけどそんなことないんだよ、悪い人はいるんだよ」と言われてハッとしたけど自分に応用はやっぱりまだできない。それぞれの立場に立ったら誰も悪くない気がしてしまう、確かにあれは悪いけど彼の気持ちはわかる、わたしもつらかったけど彼女もつらかっただろう、みんなそれぞれの立場でいろいろ考えてそれぞれつらいんだから。
ほんとうはもうちょっと、どうでもいいひと、大事にしたいと思わないひと、の気持ちを慮るみたいなこと、もうやめたほうがいいのかもしれない。だけどそれはもしかすると、わたしのことをなんとも思わない/知らない/むしろ嫌いな人にちょっとでも慮って欲しいという気持ちのあらわれかもしれず、そうであるなら当分はこの考え方から抜け出せないと思う。

2016年8月21日日曜日

20160821-01

「A3用紙」から着信がありわたしはいやな気持ちになる。A3で印刷をすることなぞほとんどなく、たいていは取引先が設定した用紙設定がそのまま残ってしまっているときで、せっかく1/2両面印刷に設定していたのに指示書がA3で出力されたりしてアア~となるのだ。そもそも着信履歴に出る名前は自分が携帯に登録した名前ではなかったか、登録していなければ番号が出るはずだったと思うのに「A3用紙」って、こんな人知らないし反射的に不快になってしまったしいったいなんだんだろう、でも授業中にバイブ音をこれ以上響き渡らせるわけにも行かないからわたしはそっと電話に出る。
「あーあの、XXXだけれど、わかりますよねXXX」
よくわからないアルファベット3文字、それはおそらく何かの会社名だけれどわたしには覚えがない。
「いやとぼけないでくださいよXXですよXXX、XXXの○○○○って言えばわかりますか? そこの社長です、あなた知ってるでしょう、○○さんの件で話があるんですがね」
そのアルファベットと人名の組み合わせには聞き覚えがある気もするけれど何か思い出してはいけない予感がする、不幸だ、不幸が電話口からじわじわと染み出してきている。わたしの不吉な予感を察知したのかしていないのか、電話口の男はそのままダラダラと話を始める。
○○さんの近況を語っていることはわかるけれどいったいどうしてわたしに電話をしてきたのか皆目見当もつかない、つかないが、結論としてよくないことをわたしに提示しそれをされたくなければあることを行えと要求する方向にだんだんと舵を切られていることがなんとなくわかる。いつも持ち歩いていたICレコーダーも今日は持っていないし電話をしながら電話機で録音をすることもできない、なによりまわりにいま脅迫電話を受けているということを知られたくない。わたしはいったいいつまで平穏な暮らしがこうやって唐突に脅かされる恐怖に怯えて生きなければならないのかと考えるとくらくらする、突然の来訪者や電話や、久々に会う知り合い、一人で外へ出たときに突然拉致されるかもという恐怖、そういうものをうっすら感じながら毎日暮らすのはほんとうにいや、そして今日ついにその予感が現実のものとなって「着信」している。

2016年7月7日木曜日

20160707-01

『人間は、生きてさえいれば、いつか回復する。』

自分で書いておいてほんとうかなとおもうけれど、わたしの場合、回復し始めると本が読めるようになるみたいだ。でもまだまだ全然回復していない、わりと毎日考えている。いろいろな、かなしいことやいやなことを。だけどもおもしろい本はおもしろいし、おいしい食べ物はおいしいし、すきなひとは今日もかわいい。




7月になりました、10月まであと2ヶ月とちょっと。
がんばったら、がんばれるから、がんばりきれないかもしれないけど、ちょこっとがんばってみましょう、わたし。