2014年1月29日水曜日

20130129-01   

刈り上げた襟足から外側に向かって斜めに短くなっていく髪型はパーマがゆるめに、しかし確かにきつくかかっていて、何かの断面図を見ているようだった。表面だけ見れば緩やかなウェーブがその断面では複雑に絡み合っていた。「あんたの彼氏、変わった髪型してるね」って言われた時、その短い刈り上げおかっぱのことを言われたのかと思ったがそこまで変わってはいないと思って、そしてそのあとすぐそれがわたしの勘違いだと気付いた。
いつの間にか最前列に踊り出していた彼を後ろから見てみたらえりあしの部分から15センチ位の幅で長い髪の毛が背中の真ん中くらいまで伸びていて、あ、これは、確かに変わっているな、と思った。わたしと彼はつき合ってまだ15日だけど、その間彼の後ろ髪が伸びていることに気付かなかったなんてと不思議な気持ちになった。出会ったときにはこんな髪型じゃなかった気がするから、このライブハウスに来て急に後ろ髪が伸びたんだと思ったけど、そもそもわたしと彼が15日間つき合っているということが勘違いで、さっきこのライブハウスで出会って数秒でつき合うことを決めたような気もしてきた。
なんたらっていうカクテル、名前を覚えていないんだけど確か土間ちちクーラーにとてもよく似た名前のそれを、土間ちちクーラーを想像して頼む女の子はやはりとても多いみたいで、そのみんなが轟沈するって話だった。ショットグラスに数ミリ入れられた黒っぽいドロドロの液体が土間ちちクーラーに似た名前を付けられたカクテルで、どう見てもほんの少ししか注がれていないのにそこにはテキーラやらウォッカやらスピリタスが入っているらしかった。わたしの彼氏は甘くかわいらしいお酒が好きだからこれを間違って頼んでしまうのではないかしらと思ったら、案の定「あんたの彼氏、さっきこれ飲んでヘロヘロになってたよ」とカウンターでお酒を飲んでいた露出が多くメイクの濃いパンクなお姉さんに言われた。
バースペースからライブスペースに戻ってみたらもうライブは終わってしまったようで、こぼしたお酒でベタベタになった床にはプラカップがいくつか転がっていた。狭いと思って見ていたステージは楽器が撤収されがらんとしたあともなお狭く、そして低かった。紺のパーカーとジーンズ姿のスキンヘッドのがっしりとしたお兄さんは忙しそうにシールドを巻いていたので話しかけるのは悪いなと思っていたら向こうから声をかけてくれた。男の人が落ちていませんでしたかと訊くと知らないと言われたから、客席の左手に寄せられた大量の荷物を見て歩くことにした。私の彼氏は黒のパーカーをアウターにして四角くて大きな黒のリュックサックを背負っていた。リュックサックには蛍光グリーンのタグがついていたからそれを目印に探したけれど荷物はどれも真っ黒で、蛍光グリーンのタグがついた四角いリュックサックなんてどこにもなかった。いつもおとなしそうな彼氏の、最前列で暴れていた姿と知らなかった長い後ろ髪のことを思い出して、もう別に、このままお互いお互いがいない世界に帰って行ってもいいのかな、と思った。

2014年1月25日土曜日

20140124-01

宮城といえば仙台、仙台といえば青葉城って思ってたけど仙台駅からたった3駅離れたところにお城があるなんて知らなかったし、仙台にモノレールが通っているのも知らなかった。

地上を、頼りない鉄のラインを辿るように走るモノレールからはこれから進む道のりのカーブや目指す建物が見晴らしよく眺められて壮観だった。目の前に、空まで続くのではないかと思われるくらい高い城壁と中央階段が見えた。お城を訪れたことがわたしはあまりないけれど、どこのお城も急な階段の上に立っているのかな、と思った。
石垣はあまり劣化しておらず、うず高く積まれた石と石との間には隙間がほとんどなくて、どこに手をかけていいかわからなかった。まっすぐ垂直に立っているのではなくて、若干のカーブを描いてそそり立つそれの、何とか見つけた隙間に手を入れ足をかける。モノレールからは階段が見えたはずなんだけどそんなもの到着して見るとどこにもなくて、観光客や参拝客はみんな、こうして石垣をよじ登って城を訪ねる。
正面から向かって右側、比較的人が少ない場所を選んで登り始めたはいいものの、楽に上れたのは100メートルくらい、いや100メートルも登れたら十分なんだけど、頂上まではあと3メートルあって、それがどうしても登れそうにない。比較的見つけやすかった手や足をかけるための隙間は登れば登るほど見つからなくなり、石垣の下の部分よりもさらに、石と石はほんの少しの隙間もなくぴっちりと積み上げられている。
顔を左に向けると、手足を必死で石垣にしがみつかせているわたしとは対照的に、背筋を伸ばし、地上を歩くかのようにほんの1ミリほどの石の凹凸に足をかけスッ、スッと軽々石垣を登って行く人たちが見えた。もしかしたらわたしはいまとても腰が引けていて、だから変な体制になって石垣にしがみついてしまっているけど、落ちるとか落ちないとかバランスとか全く考えないで、ああやって当然のような顔をして登って行けばいいのかなって思ったりしたけどふと下を見ると地面があまりにも遠く、そんなことできそうもなかった。
次に手をかける場所を探して視線を彷徨わせ、どうして右側がこんなに人気がないか気付く。左より右のほうが石がピッチリ積み上げられていて登りづらいのだ。
だからわたしは一旦上に進むのをあきらめ、左に平行移動を始める。思った通り、石垣の左のほうが隙間が多く、進みやすそうだ。
左側を集団で登ってきていた、地元の野球少年たちを交わしながら左に陣地を取る。1メートル進めたがあと2メートル、ここまで来るといくら左側の石垣でも隙間がなくなってきていて進めない。どうしよう、いっそのこともう諦めてしまおうか、でも諦めるといったってせっかくここまで来たのにもったいないし、何よりここからどうやって降りるのだ……。段々と痺れてくる手足を意識しないように今後どうするかぼおっと考える。頑張って後ろを振り向くと広がる仙台港が見えて、これを頂上から見れたらなんて幸せなんだろう、と思った。

と、右側から、2歳くらいの幼児がわたしの顔に乗ってきた。
子供を背負ってこの石垣を登っている人もいるんだとは思っていたが、その父親はわたしと同じくあと2メートルのこの地点でこれ以上上に登ることを諦めたらしく、せめて子供だけでも登頂させようと子供をわたしの顔(頭)に乗せてきた。
子供はわたしを足場にして上へあがろうともがく。濃いピンク色の、つなぎのスキーウェアのようなものを着た子供は丸くて温かく、しかし確実に重量があって、ただでさえ落ちそうなわたしは両手の指に力を入れ何とか落ちないように踏ん張るのだけれど、踏ん張る足場がないからひどくつらい。
なんとか子供をやり過ごしふと上を見ると、石と石の間に比較的大きな隙間があった。あそこに手をかけたら一息に登ってしまえるのではと思い、わたしは思い切って手を伸ばす。右手をがしっと隙間に入れる、左手も同じくらいの高さの隙間に入れる。オーケー、わたしの両手はがっしり石垣を掴めている。しかしそうすると両足をかける場所がなくなってしまって、わたしは両手だけで石垣につかまる形になった。もうここまで来たら仕方ない、手の力だけで頂上まで上がろうと決意したその瞬間、右手の隙間、石の表面がボロっと崩れた。
石垣が垂直じゃなく、ゆるいカーブを描いてそそり立っていることに感謝しつつ、ああこれは、うつぶせで滑り台を落ちるみたいな感じだから案外怖くないな、かなりの時間をかけて登ったのに下るのは一瞬だなって思いながら、わたしは一気に下まで落ちた。

2014年1月19日日曜日

20140119-01

あまいお酒はあんまり好きじゃないかもしれないと気付いたけれどグラスを満たす液体をジャーって流しに流すのはもったいないし別に酔っぱらうのが目的ならばお酒の味なんてなんでもいいはずなのに味がどうのこうのうだうだ言っているのは多分ちょっと厳しい目みたいなものにあいたいからなんじゃないかなって思って、イヤイヤウイスキーを飲むことを厳しい目っていうのはウイスキーに失礼ですよっても思うんだけどなんていうか甘味とかそういうのが全部排除された何かが飲みたいってことで、全部排除された何かとか言うくせに割物はソーダがよかったりしてまったくもってわがままだなあと思う。ウイスキーを飲むたびに思い出すのはやっぱりどうしたって昔の職場なんだけど、郊外から丸の内に仕事で通い帰りしな銀座で飲んで帰ってたおじさんたちが今元気かなあって思ったりする。わたしも遠くない将来彼らと同い年になるんだろうなって思うと不思議なんだけど、今言いたいのはそういうことじゃなくて、みかんの皮をためておいて、おさかな焼くときに使おうかなって思って今わたしみかんの皮をカットトマトの空き缶にためてるよ。

2014年1月4日土曜日

20140104-02

『初恋』を辞書でひいて、大人になってからの初恋を全否定された気になりつつも楽しい気持ちになっていたのだけど『恋』を辞書でひいて泣きたくなってる。

「いい思い出」つくるためにだれかを好きになるんじゃないし「いい思い出」つくるためにしんどくて泣いてるんじゃないのに全部全部「いい思い出」になっちゃうの なんで すごくやだ。
すごくやなんだけどこれってきっと多分、人間が死ぬのを見て、いやだよー死にたくないよー何で死んじゃうのいやだいやだって言ってるのと同じようなものなんだろうなって思ってる。生物だから。いきるために、そうなっちゃうんだろうなって。でもいまはそれがすごくいやだ。それに救われている部分も多分にあるけどいやだ、ただダダこねて「いーやーだー!」って叫びたい感じでいやだな。

じぶんメモ:2013年本まとめ

読書メーターでまとめられるようになっていたから…! なんという中途半端な数、あと一冊よめばよかった。再読、たいてい記録してないんだけど一部記録していて、なんかいろいろ適当だ。


20140104-01

しあわせなのってほんとうにしあわせなのかなって、わたしずっとかんがえている。

2014年1月1日水曜日

じぶんメモ:12がつ本まとめ

あけましておめでとう、の挨拶よりも先にまとめ。
自分の読書メーター見てて思うけど、逆に琴線に触れる(…?)、きらいというか、いやな引っかかり方の作品に対しての感想の方が好きなものに対するそれより熱く長くなるのはなんでだろう。好きなもの、つまらないというかフーンという感想しかないもの、のほかに、なにかものすごく生理的にイヤな作品てなんでなんだろうという話を友人にしたら、「それ、同じことを人に話したら『君のコンプレックスを刺激されるからだよ(うろ覚え、コンプレックスじゃない気もする 自分の中にある醜い部分が出ているとかそういうようなこと) 』的なことを言われたけど絶対違うよね!?」って言われたけどその通り絶対違う。図星で痛いからイヤだってのじゃなくて、全く持って自分の中にないんだけど、そんでもって且つもうそれは生理的と言わざるを得ない感じでダメなのだ。なんなんだろうな…。