2015年1月9日金曜日

20140109-01

安心じゃないけど旅に出たい、でも今数万かけてどこにも逃げられない逃避行をすることが正しいとは思えなくて、だから自室で煩悶してる。川へ行きたかったからパン屋さんにメールをしたけど今日は金曜日、だから間違いなく夜半まで仕事だ。ひとりでだってたどり着けるそこへひとりでいく気がしないのは、そこがわたしひとりの場所じゃないということだけじゃなく、結局安心して家まで送り届けてほしいから。
日本は狭くて広いから、思い出の土地には全部手垢がついている。バイタルサイン、鼓動のそのリズムにあわせて早朝家を出たあの感じ、あの感じでわたしはいつもここじゃないどこかへ逃げたいと思ってる。

大人になるとどこへも逃げられない、どこへ行ってもわたしはわたしだし激変することはなくて、旅に出るという行為はいつも、たくさんの大切な物事のなかからたったひとつのものを選んで肌身離さず持ち歩き、引き延ばして、愛でるための行為でしかなかった。わたしの逃避がうまくいかないのは、例えばその目的地にすきなひとの幻影がないからで、だったらどこへ向かったって、逃避が成功することは、もう、ない。
完璧なそれをわたしは一度手に入れて、そうしてゆっくり握りつぶして、だけどそれは失われることなく、記憶の中に鮮明にある。だからわたしは新しくその代替を探すこともできないし、繰り返し思い出すことによって段々と捏造されてゆくその記憶を頼りに、したくてたまらない逃避行を、自分の意思で思い留まり続けるしかないのだ。

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