2012年1月24日火曜日

アヤちゃん・20歳・専門学生のおはなし


 子供がほしいと思ったことのないアヤちゃんにとってセックスっていうものはあんまり重視すべきものじゃなかった。三大欲求だといわれるがおなかはすく、ねむたくなる、でもセックスしたくはならないから「なにそれ?」って感じ、性欲があるからセックスするんじゃなくて、好奇心とかコミュニケーションの一部とかそういう位置づけであったのです。だから好きな人がいたら好きな人とセックスしたいなあとは思うけど一人えっちのやり方とかがまったくわからない(男の人のように物質的にたまるわけではないから、やる必要もわからない)。コミュニケーションやゲームのようなものだと思っていたから一人でそんなことをする必要性がわからなかったのだね。

そんな時、美術学生のアヤちゃんは、尊敬するアングラ師匠から「女の子はオナニーしないと絵に色気が出ない!」 といわれる。

あやちゃんは迷む。オナニーをしないのはなにかポリシーがあるわけじゃなくて一人でやってても気持ちがよくないから。だから友達の話を聞いたり、おもちゃを使ってみたり、いろいろためしてみた。でもだめだ。よくわかんない。一言で言うと『興味が持てない』。よくわからないっていうか、どうでもいいって心の底では思っているから身も入らないのだろう。やっぱりわたしは自分が体験する分なら、すきなひと(相手がいる)セックスがいいなーって思ってた。誰かが私に好意(下心含む)を寄せて手を伸ばしてくることがそんなにイヤじゃない。きみはわたしのことすきなんだよね、だったらわたしのこと考えてセックスしてくれるんだよね、じゃあ、しようか。 それでも、だれとセックスしても不思議なことにあまり変わらない、もちろん微細な違いはあるものも根本的になにかが変わらないしつまらない。精神部分での差異はもちろんある、でも肉体的な気持ちよさはみんなおんなじかんじ。したらしたで気持ちがいい気がするけど、三大欲求とされるほどの求める価値を見出せない。自分のことを好きって言ってくれる子のことは好きになるしかわいいなって思うからセックスすることもある。でも、肉体的快楽で言ったらあんまりかわらない。普通。特筆することもない。「わたしはセックスしてるけど、それはセックスという行為をするに当たってのそれまでのやりとりとか、セックスすることによっての心の機微や、そういうものがすき、セックス中の相手の気持ち良さそうな顔とかそういうものが。もちろんわたしも気持ちいいけど、なんだろう、肉体的な気持ちよさよりもそういうかんじなの。」アヤちゃんがセックスに感じる気持ちよさはそういうことなのである。そんなアヤちゃんは、或る夏、ある男の子とであった。

 (続きたいけど続かない)

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