2014年6月7日土曜日

20140607-00

直径100メートルくらいの円形の広間は岩場と言って良かった。それが左右に二つ、そしてその二つが50メートル程の廊下でつながれたもの、それだけがわたしたちの新居だった。
二つの広間には屋根がなかった。廊下は160センチのわたしが手を広げれば左右の壁につくくらいの幅で、すのこのような壁で挟まれていた。廊下にだけは屋根がついているが、それもまるで藤棚から藤がなくなったような頼りないもので、果たして雨が降った日にはこの新居はいったいどうなってしまうのだろう、と不安になる。
新居は大きな沼(あるいは湖、もしかすると海)に面していて、池と広間の間には壁がなく、断崖絶壁というには少し低い2メートル。80度くらいの傾斜のそれは、足を滑らせれば容易く落ちてしまいそうで怖かった。
沼は黒く濁っており何も見えず、水面には遥か向こうの高台にある大きな誰かのお屋敷の光がうっすらうつっていて、そこだけ見れば夜のディズニーランドのようで綺麗であった。
沼を背にして新居を見ると、沼ではない方向――高台に面した側――だけに壁がある。壁は白い塗り壁で高さ約2メートル、屋根がないから高台がよく見える。歪んだ円形に広がった岩場(正確には広間)を歪んだ半円状に囲んでおり、そして左右の岩場があの廊下でつながっている。
廊下と広間には階段にして3段くらいの段差があり、廊下の方が低くなっている。この、円形が二つ廊下でつながったメガネのような形は意図的に作ったものではなくただ沼に面した土地がそのような形になっていたというだけで、本当であれば、あんな狭くて段差のある、不便な廊下は作りたくなかったのかな、と設計者の気持ちになって勝手に思う。

雄の孔雀が取り巻きを引き連れわたしたちの新居を襲ってきたのは午前1時過ぎだった。前述のとおり新居には屋根がなくただ壁が(不完全な形で)あるのみで、一応玄関となる扉はありそれはきちんと施錠されていたけれど、侵入者にはなんの障害にもならない。
一応鳥なのだから、2メートルくらいの壁なぞやすやすと跳んで越せるのかもしれないと、沼を背にして向かって左側の広間で侵入した彼らと鉢合わせたわたしは思ったが、なんのことはない、彼らは踏み台を作って壁を乗り越えて侵入してきたらしい。この家は翼を持たないものにも安易に侵入される作りをしていること、つくづく家というものは密閉し得る作りであったほうが安全なのだなあと思う。
左側の広間には孔雀の目指す標的がいなかったため、彼らは廊下を走り抜け右側の通路へと急ぐ。わたしには彼らの標的が何かわかっており、そしてそれを阻止したいから、慌てて彼らの後を追う。たった3段の階段も飛び越えるには少し怖く、その上電燈もなく真っ暗な廊下内に猫が無数にゴロンと寝転がっていて、走り抜けると彼らの柔らかい腹を踏み抜いてしまいそうで、いきおいわたしのスピードは落ちる。「どいて、今すぐそこどいて、踏むよ!?」と怒鳴っても猫たちはうるさそうに顔を持ち上げこちらの様子をうかがうだけで一向にどきやしないから、わたしはすり足で器用に走り、足で邪魔な猫を廊下の左右に避ける。わたしにそんな扱いをされても眠気のなかにいる猫は一向に介せずスーっと廊下を滑るように移動させられ、また眠る。

わたしが右の広間に辿り着き孔雀に追いついた時にはもう、孔雀は標的を捕まえていた。彼はずっと、体毛のカットをわたしの飼い猫である白猫に依頼していて、でも白猫はそれを嫌がっており、痺れを切らした孔雀が今日、取り巻きを連れて新居に襲来してきたというわけだ。銀色の鋏を押し付けカットをしてくれと迫る孔雀に白猫は相変わらず迷惑そうな顔をしていたが、わたしが「もうしてあげなよ、そうしたら帰ってくれるよ」と思わず言ってしまったのを受け、「じゃあ終わったらさっさと帰ってね」と、白猫は孔雀のカットをすることを決めた。
孔雀は左足に長い靴下を穿いていた。太いストライプというよりはイタリア国旗のようなそれは、しかし色はイタリア国旗の配色ではなく、クリームがかった滑らかな水色、真ん中はこれも滑らかな卵の黄身の色、そしてこちらも滑らかな桃色だった。それは人間で言うとハイソックスよりももっと長い、ニーソやサイハイを通り越して伸ばして穿けば孔雀の顔までも覆ってしまいそうな長さで、彼はそれをたゆんとゆるませゆったりと足に穿いていた。
孔雀の左足はまるで黒猫のように、ビロードの黒毛でおおわれていた。人間のわたしが見る限り黒猫であれば通常の短毛種の程度の長さの毛だし、人様の家を襲来する程切羽詰ってカットせねばならないようには見えなかったのだけれど、孔雀にはおそらく孔雀の価値観と都合があるのだろうな、と推測した。白猫は彼の長い靴下をいったん伸ばし顔まで覆い、それからゆっくり踝まで下げた。右手に銀の鋏、左手に銀の櫛を持ち、そして孔雀のカットを始める。



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