2012年12月30日日曜日

20121230-01

電車の先頭車両は女性専用車両で、そこそこ混んでいた。落ちていたヘアピンがコロコロ転がって足に当たって止まる。わたしはそれを拾い上げ、眺める。黒い小さなお花のようなかざりがついた、パッチンととめるタイプのヘアピンは、子供っぽいけどかわいらしくて、いったい誰がこれを落としたのだろう、ゴミとして捨ててしまうにはまだきれいだからきちんと駅員さんに届けてみようかな、と考える。「ねえあなたそれわたしのものなのだけど」と、足元から声がしてびくっとすると、小さな女の子が咎めるように見上げていた。母親らしき中年の女性も「まさか盗むつもりだったのかしら」という表情でわたしを睨み付けていて、「いや、わたしこれを、駅員さんに届けるつもりだったんですけど」と、弁解したくなったけどそれが逆に怪しい気がしてムッとしたまま黙り込んだ。ひったくるようにヘアピンを奪い「いやあね」と言いながら背を向けた親子に対して「あんたらさ、」と声がかかる。「あんたらさ、この子はそれを拾ってあげて、拾得物として届けようとしてくれてたんだよ。それなのにその態度、恥ずかしくないわけ?」見知らぬショートカットの女性にそう言われ、親子は揃って顔を赤くするも「なにあれ行きましょう」と、ますますムッとして遠ざかる。「いいのいいの、あんなの気にしないで」と、わたしに笑いかけるそのひとはなんだかどこかで見たことのあるような、そうしてあんまりかかわりたくないような人で、思わず「このひととは、知り合いになりたくない」と思ってしまった自分のことを、なんだか卑怯に感じる。

船は函館から青森までゆっくり進む。びっくりするほど小さな船には観光客はわたしたちくらいで、あとは地元のおじさんが、談笑しながら乗っている。そもそも連絡船でもなんでもないこの船に、頼み込んで乗せてもらったのはわたしたちで、だからわたしはこっそりと、「港に着くまで彼女がなにもしませんように」と、漠然とそんなことを考える。
「ねえわたしもう死のうとおもう」と、彼女が言い出したのはちょうど港と港の中間地点で、わたしは「あ、やっぱり」ってがっかりする。海は赤潮で汚れていて、飛び込んだらそれに絡まれそうだ。「あんたさいつもそう言って結局死ねないじゃん、だからそんなばかなこと言うのやめなよ本気で怒るよ、船の人たちに迷惑かけるのやめなよ、絶対死ねないんだから無駄なことするんじゃないよ」って、わたしはすでに本気で怒っている。
柱に手をかけ背を仰け反らせ、今にも海に落ちてしまいそうな彼女をおじさまたちは力ずくで止めようとするけどわたしは一歩も動かない。落ちるなら落ちろ、どうせあんたは死なない。それよりどうしてあんたは、わたしが頼み込んで乗せてもらったこの船で、こうやって迷惑をかけるのだ。いらいらする、わたし一人だったら何事もなく港に着いたのに、いらいらする。いつもわたしの邪魔ばかりするし死ぬ死ぬ言って死なないし、それにわたしは慣れたからいいけどこうやって毎回周りの人をかき回して結局死ななくて、そのあとヘコヘコ謝るのはわたしだ。まだいっそのこと死んでくれたらいいのに、ぜんぜんぴんぴんしているから腹が立つ。口に出さずにイライラしていたら、とうとう彼女が飛び込んだ。人間はそういう風にできているから、いくら服を着ていても彼女はすぐに浮かび上がる。ぷかあ。赤潮で汚れた海に、真っ白の洋服がふわあと広がる。慌ててもう一度沈もうとして、すぐに浮かび上がってまた沈む、ばかみたい。幸いなことに船は速度を落とすことなく港目指して一直線で、必死で溺死しようともがいている彼女からどんどんどんどん離れていくから、早く港に着きますように、でもそうしたらまたわたし、警察に事情聴取されて、港の消防隊に謝って、ぜんぜん仲良くもなんともない彼女のために、また気苦労するのかと思って憂鬱になる。
いっそのことあのまんま、赤潮に絡められて死ねばいいのに。

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キチガイに刃物というが、キチガイは刃物を持って現れる。ああ刺されるならどこがいいかな、変に生き残って障害が残るような箇所に刃物突き立てられたくないな。なんとなくおなかを刺されてもがんばったら障害もなく生き残れるような感じがする、おなかを刺された経験はないけど、生理痛のひどいものだとどこか思っていて、だからわたしはおなかを刺されても、なんとか耐えられそうな気がしてる。ぼおっとそんなこと考えてたら刃物をくるんでいたタオルがばさっと外れ、キチガイの刃物が露になった。それは刃渡り30センチくらいの大きなナイフで、キチガイらしからぬ繊細さでぴかぴかに砥がれ磨き上げられていて、しかもなぜかキチガイは、わたしの右手に狙いをつけた。腕じゃなくて、手。わたしの右手をぎゅっと握って親指以外の4本をすぱっと切断しにかかる。おそらくこのままぐっと力を入れたらわたしの人差し指中指薬指小指なんて多分あっというまにぽおんと飛んでしまいそうで、でももしそうなったら、命に別状がないのに指がない生活で、キーボードも打てないしお鍋ももてない字もかけないしお化粧もできない、そんなの絶対理不尽だと思ったから、ナイフを逆刃にしてわたしの指の変わりに、キチガイの指を落としてやった。「あのさあ、なんでなにもしてないわたしが、あんたなんかに指を切断されなきゃいけないわけ?」呟いたけど多分、彼の耳には届いてない。当たり前のことだけどやっぱりわたし、他人に理不尽に傷つけられるの、やっぱりどうしても許せない。



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さくらちゃんは死んでるし、だからわたしだって死んでるし、いや死んでるんじゃなくていま墓石の下で頑張ってる感じなんだけどぜんぜん頑張れない。頑張れないって言うか頑張る素地がない。くじけそうになる。くじけそうになるけどなんだかそれもひどく理不尽だから、もうちょっと危機感持って頑張って、って思ってる。
いますごくおなかがすいているけど、おなかがすいていても、おうちにぜんざいがあるって事実でいろんなものが許されている。ぜんざい賞味期限まだまだだから、多分わたしこのぜんざいのこと、おまもりみたいにギリギリまで、食べないでとっておくんだと思う。

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