2012年2月5日日曜日

20120204-2

写真を撮られるのが昔から嫌い、醜いものを残すのが嫌いだから。だから巷に可愛いアルバムやフォトフレームが売っているのを見るとぎょっとする。すごく嫌いなのだけど、嫌いなのってどうやら少数派らしく、みんなで写真とろーってなったときに「ぼく写真嫌いだから」っていうのが憚られるし「またまたー」って言われて終わっちゃうのどうしたらよいかなって結構考えてる。もし集合写真とることになったらどうしようイヤだなよし出かけるのやめよう、っていう思考回路になりつつあるのでどうしたものか。

エリーちゃんが、かわいいって言われても云々って言ってたこと思い出した。
でも理屈じゃなくそう思っちゃうよね、わかるわかる。

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ぼく あんまり人になにか言わなくなった。なんにもしていないからだ。だれかが喜びそうな悩みもないし、変わったお仕事をしているわけでもないし、華々しい話題も何もない、だから人に話せることがなくなった。つまらない人間だなーと心底思うけどいやなわけではなくて、「いやなわけではない」のがまずいんじゃないかなーとは思ってる。誰かに嫌われたり、悪口を言われたりするのがあんまり気にならなくなった、すきな人に嫌いって言われたらショックだけど、どうでもいいひとにどういわれていても別にいいやって思う、こう思えるようになったから自分が元気になったんだと思うし、どこの誰が言ったかわからないことにガリガリ精神削られるくらいだったらこっちのがいいかなと思う。

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でもこないだ揺るのメンバーにあったら、みんな別に「聞いてよ~!」って悩みなく、まいにちたのしくすごしているみたいなかんじがして笑った。もちろんまいにちあるよ、いやなこと、電車で乗り合わせた人の香水がキツいとか、今日ものすごく寒いとか、そういうのじゃなくてこう、下世話な感じの「チョット聞いてよ~」がなくってほんわかしたのだ。
こないだはおしおちゃんがお仕事であえなくて、まいもんとたまりちゃんと3人で集まったのだけど二人とももう世界の宝にしたいほど、かわいい。たまりちゃんと最初にお茶したときの衝撃は覚えている、「なんてかわいいひとなの!」って思っておかあさんに電話で報告した。まいもんもすごくかわいくて、わたしのパソコンには「まいもんフォルダ」がある。こういう人たちとお友達でいられる自分はものすごく幸せだなーって思う。一挙手一投足、発する言葉のひとつひとつがかわいくて、もうどうしよう!ってなっていた。なんなんだろうあの人たち、かわいいにもほどがある。ほんとうに、生きとし生きるものの中で最上級に可愛い。

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まいた種から目が出て大きくなって人食い花が咲いて、町の人がみんな死んでしまいました、

・まさか目が出て人食い花が咲くとは思わなかった(まいた人談)
・だってしょうがないじゃんまかれちゃったもんは(種談)

こう書くと前者が圧倒的に悪い感じしますね、でも別に種まいてるって意識じゃなくて、トリが空をとんでてフンしたらそのなかに種がまざっちゃってたわみたいな、別に種まこうとしてここでフンしたわけじゃないんだけどみたいな、そんな場合でもトリが悪者になるでしょうか。人食い花の種じゃなくて、見た人みんなを和ませるような美しいバラだったらトリは悪者にならなかったでしょうか、つまり誰も悪くないんじゃないかなってことをなんとか屁理屈こいて言いたいだけです。


おんなのこはこわいしおとこのこは気持ち悪い、たいていがそうで、だからわたしは「かわいい女の子」が大好きである。おとこのこに対しては気持ち悪いと好きどちらかに分かれる、それはどうしてなんだろうなーってよく考えるけど、どこか家族みたいな感じがするなって思ったら好きになるんだとおもう。お父さんとおんなじ名前とか、弟と同い年とか、そういうのじゃなくても、なんとなーく、家族の「お父さん」か「弟」に当てあまるような人は好き、そうじゃないと気持ち悪くなる。


ぼくにはすきな人が何人かいる、君がそうであるように。

なんでその子たちのことがすきなんだろうなーって考えて、理由を言語化できる人ももちろんたくさんいるんだけど、圧倒的な才能とか、もう魅了されない人はいないだろうって人とか、でもうまくいえなくても好きな人がたくさんいる。でもぼくはべつに、好きな人ともっと会って一緒に時間を過ごしたいなとか思わないから好きだなーってぼぉっと考えるだけだ。だからすぐに恋愛云々におはなしをもっていくひとがあんまり好きじゃない、べつにー、そうじゃなくってェー、ぼくと彼女はぁー、二人ともォー、趣味が合うってだけでェー、別に恋愛じゃなくても人として「好き」ってあるんですケドォ、みたいな。それをちゃんとわかってくれる女子もしくは男子はすばらしいと思う。ぼくは好きな女の子がそんなこといいだしたら多分傷つくけども。


好きな人に好きっていえないの直そうと思うからすきな人について考えてみよう、

ぼくがきみのことをすきなのは君がぼくの親と名前が一緒だからってのももちろんあるけど、きみのつくるすべてのものがぼくのツボだからだ。きみの紡ぐ言葉は暴力的なまでにぼくの心をかき乱す、君のうたうメロディは完璧で、音楽じゃ無くったって仕事ができるし考え方も効率的でスマートだ。だけどやっぱり完璧じゃないところも(失礼だけども、もちろん)あって、そういうところを客観的に観ているとああなんてかわいいのだろうこの人はって思う。きみの勧めてくれる小説漫画アニメは全部見事にぼくのツボをついているから、どうしても来期アニメのオススメを君に聞いてしまうクセはぬけないと思う。きみのつくる音楽はだいすき、だいすきだけど、別に音楽やってなくても人としてすきだなぁと思うのですごいなぁと思う。人としてめんこいなぁと思うし、勝手ながらもしぼくが誰かに刺されて死んだらねこをおねがいできないかなってちょっと思ってる。

あとすぐにおもいうかぶのはあのこだな、文房具とゲームが好きな可愛い子。彼女とは多分、2回しか会ったことがないのに無性に好きで困る。言葉選びや所作がすべてかわいらしい。丁寧に言葉を吐くところや好きなものを丁寧に愛でるかんじがとてもいとおしい。じつはそんな彼女とオソロイのコルセットをぼくは持っているんですよきもちわるいでしょう、フフフ。


ツイッターでぼく以外はみんなJKだって思っているって言うのはわりとマジで、そう考えると、ぼくが「最近すきになったひと」はみんなJKで、もしそれが本当だったらぼく、長生きして、その子たちがどんな大人になるか見届けたいなぁっておもう。さすがに47歳メタボ男子の姿を彼女たちにさらすのはためらわれるので直接は会わないにしても、これからどんなことを思ってどう変わっていくんだろうなってすごくたのしみ。



好きな人について考えるといつまででも尽きないから、ぼくはけっこう幸せなんじゃないかなってことに気付いた。好き嫌いが激しいの、じつは昔からじゃなくて、ここ最近なんですよ。すごいでしょう。

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